2009年12月04日

社会問題の根本を見逃すな

日本における政治において、とても重要なのに見逃されている問題が、この異性間の問題です。

この問題を曖昧にしたまま、社会の根底にこの問題を温存させたままで、いかに良い国を築こうと思っても、不可能です。

どんなに良いアイデアや社会の仕組みで国民の福祉保障したとしても、異性の問題から社会は崩れていってしまいます。

青少年問題やDVの問題として、深刻な問題として取り上げられているのは確かですが、実はこれはもっと根の深い問題です。

ですから、統一教会における合同祝福結婚式は社会を救うために最優先されるべき手段であるということを知らなければならないと、私は思うのです。


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2009年12月03日

社会問題の根源 悪魔が握っているもの 3

社会の様々な問題の根幹は、人間にとって最も基本となるこの異性問題だと私は確信します。

仏教で男性の生殖器のことをマラ(悪魔)と呼ぶのは、単なる洒落ではないと思います。

この問題は道徳的な問題の領域を越えて、悪魔が人間を支配する道具になっているという深刻な問題です。

この問題をきっかけとして、悪魔は人間を徐々に支配していきます。
暴力的になっていきますし、心が落ち着かなくなっていきます。
平和とか安寧とかとは反対の方向にどんどん人間を引っ張っていきます。

ですから、世界に平和をもたらすためには、まず、この問題を解決する必要があります。

この問題を解決しないままでは、いくら平和を構築しようと求めても、土台不可能な話になってしまうと思うのです。


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2009年12月02日

社会問題の根源 悪魔が握っているもの 2

宗教家においては、霊性の高い宗教者であればあるほど、異性関係を断つと言ったことがあります。

女人禁制とか、修道院など、異性との関係を完全に断って修行します。

どうも異性と関係を持つと修行に支障をきたすということを、霊性の高い宗教者は霊的に感じるからです。

それは仏教でもキリスト教でもそうですし、
宗教家でなくても、普段の生活において、不倫だ、浮気だと、人間に災いをもたらすにも関わらず、常に誘惑に駆られるものが、この異性関係です。


なので、悪魔を登場させないようにするためには異性との関係を断つのがベストだと今まで考えられてきたのですが、
これを乗り越えなければ、人類に希望はないのです。
このままでは、いつまでも、悪魔の支配下にいなければならないからです。

これを解決する道が祝福結婚なのです。


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タグ:社会問題
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2009年12月01日

社会問題の根源 悪魔が握っているもの

四大聖人が祝福結婚を受けたという話をしましたが、
これはいったいどういうことなのかを説明する責任が統一教徒にはあると私は思いました。

霊界からのメッセージだけでは、キリスト教徒や仏教徒にはよくわからないと思うからです。
霊界からのメッセージはあまりにも根幹部分だけが強調されているため、普段キリスト教や仏教にしか触れていない人には意味がよくわからないと思います。


それで私も創造目的学会で仏教やキリスト教などを研究してきましたが、

その上で言えることは、
イエス様やお釈迦様が求め、私たちに教えてくださったことには、ひとつの方向性がある、ということです。

その方向は神に向かうものであるし、また、仏に向かうものでありますが、その行く手を阻むのが、悪魔と呼ばれる存在です。
そして悪魔が、男女の関係を、人間への侵入経路として握ってしまったということです。

それで様々な問題が生じるのですが、
たとえば、仏教の経典である理趣経では、男女の関係は本来清浄なものである、と言ったりしています。

本来は清浄な男女の関係を悪魔が握ってしまったので人間社会は大変なことになっているわけです。


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タグ:社会問題
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2009年11月30日

四大聖人も受けた祝福合同結婚式

イエス様やお釈迦様、マホメットも、この祝福を受けたことをご存じでしょうか。

キリスト教徒の方々や、仏教の方々、イスラム教の方々の驚きはあまりにも大きく、とても信じられないことであるに違いないでしょう。

イエス様以降のキリスト教2000年の歴史、お釈迦様以降仏教の2500年の歴史、マホメット以降イスラム教の1400年の歴史を考えてみても、
これが実に驚くべきことであるのはあまりにも明らかです。

それぞれの教派の歴史と重み、教理の深さを考えてみても、どうして四大聖人が統一教会においてなされている祝福結婚を受けなければならないのか、
また、受けたのか、と不思議に思ってしまいます。

しかし、イエス様もお釈迦様もマホメットも、みなアダムとエバの子孫に違いなく、神様に連結されるべき神様の子供ですから、この祝福の対象です。

また、男性ですから、妻を迎えなければならない立場です。

人類の親である神様の前に、皆さん謙虚な気持ちで祝福をお受けになってとても喜んでいらっしゃいます。


このことを聞いて、統一教会のことをかえって悪く思う人もいるようですが、それは早計です。

統一教会に関係なく、この祝福は神様からの一番のものだからです。

教派、国境を越えて、これは人類にもたらされた最高の祝福です。


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posted by 若枝 at 11:35| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

合同結婚式

1992年に桜田淳子さんが参加したことで、テレビでも有名になった統一教会の国際合同結婚式

あのときはマスコミは有名人を追っかけるのに夢中で、その式の意義などはぜんぜん眼中に無かったようでした。


統一教会の国際合同結婚式(祝福式)は、真の父母が成立したからこそ人類にもたらされる、神様からの正式な祝福結婚式です。

人間始祖アダムとエバの堕落から始まった人類にとっては、願っても手にすることが出来なかったものであり、思いもつかないことで夢にも思うことが出来なかった内容が、統一教会において実施されている祝福合同結婚式です。


創造本然の人類が広がっていく道は、この祝福を受けていく道以外にはないと思います。

我々人間を堕落の因縁から引き離し神様の血統に連結するのがこの祝福合同結婚式なので、これは世界最高の結婚式だと言わざるを得ません。


合同結婚式 - Wikipedia


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posted by 若枝 at 08:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月28日

どうして真の父母と言えるのか

文鮮明先生ご夫妻が人類の真の父母だというのは、
統一教会があってもなくても、人類の真の父母だということです。

永遠不変的に人類の真の父母が確立したということです。

では、どうして文鮮明先生ご夫妻が人類の真の父母だと断言できるのでしょうか?

私は思います。

第一に、人類の親である神様の心情を万民にわかる形で説いてくださったから。

第二に、神様が人間を父母となるべき姿に創ってくださり、人間始祖アダムとエバに完成するように準備されたのに、アダムとエバがそれを果たせなかった経緯、特に天使と堕落した経緯を、明らかにしてくださり、人類がもとの完成した立場に帰る道筋を開いてくださったから。

第三に、その復帰の道筋にとって不可欠である真の父母の立場を実体として勝利してくださったから。

ですから、文鮮明先生ご夫妻が人類にとって絶対に必要な唯一無二の真の父母だというのは間違いないことだと思います。

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2009年11月27日

真の父母とは

「真(まこと)の父母」という言葉は、これまでの歴史になかった言葉です。

統一教会の特徴の一つは、この真の父母の出現のもとにあるということです。

人類の始祖(人類の一番最初の父母)であるアダムとエバが堕落して、人類全体が淪落の淵に沈んでしまったので、
人類にとって一番必要であったのが、
「真の父母」でした。

真の父母の基準がどこかに立たなければ、人類が本然の状態に戻る道がないからです。

歴史的に見て、誰かが真の父母の基準を取り戻さなければならなかったのですが、
結局、今まで誰もその基準を取り戻すことが出来なかったのだと思います。

それを文鮮明先生ご夫妻が取り戻してくださったということです。

文先生は最初ご自身でご自分のことを真の父母と言ったわけではないそうです。
自然と出てきた言葉なのですが、
振り返ってみると、人類にとって一番必要であったものが真の父母だったということで、
この「真の父母」という言葉は実に啓示的です。


真の父母が出現したので、人類は、真の家庭を築くことが出来る新しい時代を迎えたのです。


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2009年11月26日

統一信徒よ、結集せよ!

統一教会は、神様の創造理想を成就するという最高の目標を持って苦労している教会です。

これは人類にとっても最高の願いであり、夢です。

これを実現するために、現実を超越して、頑張っています。

これまで多くの統一信徒が、限界を越えて頑張ってきて、疲れ果てて教会を去っていく姿を、たくさん目撃してきました。

しかし、今、そういう人たちがもう一度集う時が来ているのではないか、と思います。

もうすでに何も捧げるものがない立場になった統一信徒たち。

そういう人たちは、教会に来て、堂々と、自分のこれまでの歩みを証しし、あとからついてくる者たちを激励するべきだと思います。

何も捧げるものがないからと言って物怖じするのではなく、堂々としていればよいと、私は思います。

ヘッドライトテールライト〜中島みゆき

タグ:統一教会
posted by 若枝 at 09:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

絶対信仰、絶対愛

統一教会では、絶対信仰、絶対愛、ということが言われます。

「信仰」と「絶対信仰」は内容が違っていて、文鮮明先生のみ言を読めばこの違いはわかるのですが、
教会内部でも一部分の人にはこの違いが十分に理解されていないかもしれません。

ひろちゃんさんも、堕落して愛が相対的になってしまったとコメントしてくださいましたが、
日本が勝利できないと言われる最大の理由も信仰が絶対的基準に立てないからだと、私は感じます。


今回はこれだけやれば勝利というのは相対的で、それを1000人がきっかりやっても絶対的な勝利をもたらすことはできません。天使界を越えられないからです。
その時の目標は達成できても、同じことがまた繰り返されるでしょう。

文先生は、新しい天地に財産は無力であるとおっしゃっています。
問題は絶対信仰を立てられるかどうかです。

絶対信仰者が多くなれば神様の国を顕現させることが出来るだろうと私は思います。


イエス様はおっしゃいました。

「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。」
マタイによる福音書 / 6章 25節〜27節

「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」
マタイによる福音書 / 6章 33節


イエス様が生きていた時代は今と違う状況だったのでこう言えたのでしょうか?
その当時も、お金持ちはいましたし、人々はそれぞれの仕事をしてお金を稼ぎながら生きていたので、今とまったく状況は変わりません。
そういう中で、イエス様はこうおっしゃったのです。

「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらうな」というのは、いろいろ食べるものがある中でどれを食べようかと思い煩うなという意味ではなく、
食べるものがまったくない状況下において、食べることを心配するな、ということです。

この真理は今もまったく変わりがないと思います。


posted by 若枝 at 09:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする