2015年09月28日

「世界平和統一家庭連合」への名称変更は、まさにペンテコステ

昨日の日曜礼拝の説教は、
「世界平和統一家庭連合 億万歳」
という題目の説教でした。

「世界基督教統一神霊協会」から「世界平和統一家庭連合」に変わったことは、
単なる名称の問題ではなく、霊的に非常に重要な意味があり、
まさにペンテコステと言っても過言ではない内容があるとのことでした。


「世界基督教統一神霊協会の使命が終わることにより、宗教の使命は終わり、救い・宗教を必要としない新時代に入る。
家庭を理想家庭にすることで、神様の創造理想を復帰完成、天的理想世界を立てる。」

「私たち統一教会は、家庭を中心とした国家救援、世界救援を唱えている」

「家庭が定着して世界に通じる家庭になってこそ、エデンで願った神様の創造理想の結実が現れる」

といったみ言が紹介されました。


私は、「そうか。日本においては、ようやく、宗教の使命を全うする基準が立ったので、名称の変更がなされたのだなあ。」と思いました。

これまでは実に険しい道のりだったと思います。
苦しくて、「救い」を自分中心に求めて分派を作ってしまった人もいたように思います。
しかし、これまでの道のりは、救いが救いで終わるための道のりではなく、もっと飛躍して神様の創造理想を実現していく段階にまで昇っていくための道のりであったのです。


統一教会の救済観は、人間中心ではなく、神中心です。

原理講論には、

「それでは、神は、この世界を、どの程度にまで救わなければならないのであろうか。いうまでもなく、その救いは完全な救いでなければならないので、神はどこまでもこの罪悪の世界から、サタンの悪の勢力を完全に追放し(使徒二六・18)、それによって、まず、人間始祖の堕落以前の立場にまで復帰なさり、その上に善の創造目的を完成して、神が直接主管されるところまで(使徒三・21)、救いの摂理をなしていかなければならないのである。」(第三章 人類歴史の終末論 第二節 救いの摂理)

と書いてあります。

救いとは、神様が人間とこの世界を救うことを言っているのであり、
人間が自分が救われたいという目的を果たすことを言っているのではありません。

ですから、名称の変更は、神様の摂理が、これまでと違う新たな段階に入ったことを意味していると思います。



posted by 若枝 at 11:37| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月26日

地上天国実現の基本公式

真のお父様が発見された統一原理の中核に位置する「授受作用」を別の角度から見れば、「循環」ということになると思います。

お父様の最後の訓読会のみ言も「自然の循環理論」についてだったそうです。

文鮮明総裁 追慕映像 - YouTube
「最後の訓読会は元亨利貞に対するみ言で自然の循環理論を諭してくださいました」


「循環」でみ言を検索すると、「地上天国実現の基本公式」というみ言が出てきました。

地上天国実現の基本公式
1978年1月1日 ワールドミッションセンターにて


「今、私たちは自分たちの住んでいる世界を見廻してみましょう。きょうの私のメッセージの最初の部分に戻ってみましょう。この世界には、地上天国を建設できるような環境を見つけることができません。神様の社会も国家も、神中心の個人も家庭も見いだすことができないのです。

 それではどこから始めたらよいのでしょうか。出発点とは、一体何でしょうか。とにかく神様は、長い間捜し求めて一人の人間に辿り着かれたわけです。もう一度繰り返します。一個の人間こそ、神様がみ旨を開始しようとされるところなのです。とにかく私たちは、神様が、私たち一人ひとりに向けられる愛を呼び起こして、神様との愛の関係をつくってゆかなければならないのです。つまり私たちが、出発点なのです。」


「病気とは何でしょうか。それは混乱している状態であり、授受作用の循環がストップしている状態なのです。だからこそ、調和のとれた宇宙から人間の体に向かって圧力がかけられ、戒めを受けるのです。痛みはそのようにして起きるのです。宇宙には不調和がないのです。体全体が、法則に従って完全に授受し合っているのです。そうすればすべての宇宙と一体化し、喜びと素晴らしい思いが湧いてくるのです。」



posted by 若枝 at 00:23| Comment(0) | み言・統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

「共産主義」の生みの親は「資本主義の財欲」

原理講論の総序には、

「初代教会の愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、全ヨーロッパのキリスト教社会を吹き荒らし、飢餓に苦しむ数多くの庶民たちが貧民窟から泣き叫ぶとき、彼らに対する救いの喊声は、天からではなく地から聞こえてきたのであった。これがすなわち共産主義である。」

とあります。


共産主義は無神論であり、人類の真の父母である神様を否定する思想なので、あってはならない思想ですが、これが生じた原因として、原理講論には「資本主義の財欲」と書かれています。

共産主義問題を、無神論だから悪い、とだけ言って突っぱねても、一向に解決することは出来ないでしょう。
中国の問題も、北朝鮮の問題も、中東の問題もそうです。また、国内の共産党の活動に対しても同様です。

むしろ、共産主義の温床となった「財欲」の問題、すなわち、「お金」の問題を解決することによって、共産主義の問題も自然に解決していくと思います。

問題は、財が偏ってしまう資本主義のしくみに問題があります。
堕落人間が作ったこの経済のしくみは、自己の欲望を中心としながら発展してきましたので、どうしても偏ってしまうのです。
これを、神様の立場から作り直せばよいのです。



posted by 若枝 at 13:48| Comment(4) | 創造本然の経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

安保法案論議に思う

安保法案をめぐり国会で激しい論議が展開された昨今でしたが、

そのさなか、8月30日、韓国の清心平和ワールドセンターにて挙行された「文鮮明天地人真の父母天宙聖和3周年記念式」では、

真のお母様(韓鶴子総裁)が、

「有史以来今日の強大国の人々は
 みな自分が中心です
 先に自国の利益を考えます
 しかし真の父母様であるため私たちは
 みな一緒に一つになり得る疎通の道を開いています」

と語られました。

強大国といえば、中国やロシアだけではなく、アメリカやヨーロッパの国々もそうであり、今日においては、それぞれの国がみな自国の利益を先に考えています。

実は、これが紛争の根本原因であり、その結果として、紛争に巻き込まれないための抑止力も持たざるを得なくなっているのです。


真のご父母様はこの根本原因を指摘なさり、この根本問題を解決する道があることを示してくださったのです。


紛争の根本原因を考えず、戦争と抑止力の問題にばかり終始する議論は根本的な解決にはなりません。
世界平和統一家庭連合はこれに対する根本的な解決の道を示しています。

そして、世界の母なる国家日本は、これによって世界をリードしていくべきであると思います。



posted by 若枝 at 19:02| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

しかし、一方において、同時に、日本は、西欧列強が支配の対象としていたアジアの中の一国でもあった

今日は、戦時中、朝鮮人労務者として日本で働き、故郷の土を踏むことなく日本で亡くなった朝鮮の方たちの慰霊祭に行ってまいりました。

「遺骨奉還」という取り組みがなされていることも知りました。


話を聞きながら、日本という国は実に特殊な国だなあと思いました。

日本帝国主義」という話がありましたが、西欧列強が世界を股にかけて植民地政策を進める中、我が国は、植民地化されないために西欧列強の植民地政策に追随せざるを得なかったのです。

アジアにおいて唯一西欧に追いついた日本が、当時、もし、西欧列強に並び立つことが出来なかったら、アジアはアフリカや中南米と同じように、西欧列強のなすがままにされていたことでしょう。
しかし、日本は見事に西欧列強に追いつきました。


しかし、一方において、同時に、日本は、西欧列強が支配の対象としていたアジアの中の一国でもあったわけです。

中国や韓国が過去の日本を恨む理由の一つには、日本が同じアジアの一国でありながら自分たちを裏切ったという思いがあるのかもしれません。


西欧列強と同じ帝国主義を経ながらも、和を尊ぶ黄色人である日本は、世界を一つにする鍵を握っているのかもしれません。



posted by 若枝 at 19:36| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月18日

真の父母経の訓読 世界平和統一家庭連合の時代到来

土浦教会においては、今日は「真の父母経」のリレー訓読をしています。
私も11時からのグループに参加してきました。

ほんのわずかな時間でしたが、真のご父母様のご心情に触れて、新しい出発をすることが出来たと思います。


8月27日に「世界基督教統一神霊協会」の名称が「世界平和統一家庭連合」に変更されました。
この意味を考えてみますと、我々は「世界を平和統一する家庭の連合体」になったということなのだと思います。

そういう中で、「真の父母経」のみ言を訓読させていただきますと、
これを宗教団体の中の一人として訓読するのと、家庭連合の一家庭として訓読するのとでは、受け止め方がまるっきり違うなあということを感じました。


宗教団体に属する一人ならば、このみ言を訓読するのは、創始者である文鮮明先生の教えを学ぶ、というところに重点が置かれます。教会は、文先生のみ言を提供してくれるところであり、それ以上でもそれ以下でもなく、教会員は教会に集ってみ言を学び、そのみ言を通して、神様と文先生のたどられたご心情を学ぶ。
これがすべてだと思います。そして、これが永遠に続くでしょう。宗教というのは学ぶことが主だからです。


しかし、家庭連合になった場合には、み言を訓読する目的は、一つ一つの家庭が、真のご父母様の伝統を相続した家庭になるということだと思います。
その家庭の香りは、この世とは違う天国の香りです。そういう家庭が連合体をなし、地上を天国にしていくということになると思います。
とても主体性が求められていると思います。


今までずっと思ってきたことは、文先生のみ言を前面に立てて活動する団体がないのはどうしてなんだろうということでした。

組織は、すべての人に門戸を開いておかなければならないので、表面的には常識的な範囲にとどまるしかないのだと思います。
その理由はわかるのですが、それでも、煮え切らない思いは消えませんでした。

しかし、ようやく家庭連合の時代が来て、我々一家庭一家庭が、文先生のみ言を自由に前面に立てて活動していける時代になったのだと思います。
組織を無視してはいけませんが、組織がこれをするのではないと思います。み言を受け止めて実体になるべきなのはあくまでも我々一家庭一家庭です。
神氏族的メシヤとはまさにこのことではないかと思います。


真のお母様は、どうお考えでしょうか。真のお母様は組織のことを考えて我々におとなしくしているように言われるでしょうか。それとも、我々に真の父母の代身たる命がけの道を行くことを願われるでしょうか。

私は、真のお母様は、我々に、真の父母の代身たらんがための命がけの道を行くことを願っていらっしゃると思います。
「真の父母経」につづられた真のお父様のみ言も、家庭盟誓もそうですから、そうに違いありません。



posted by 若枝 at 15:56| Comment(0) | 基元節・天一国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

世界は何かの胎動を感じているのか

聖和3周年の喪が明けました。

世界は何かの胎動を感じているのでしょうか。

9月中旬からの重大イベント27 - YouTube

ヨベルの年も9月23日から始まるそうです。



posted by 若枝 at 16:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月10日

「何を食べようか、何を着ようかと言って思いわずらうな」と言われたイエス様のみ言の真意

マタイによる福音書の

「だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」
(マタイによる福音書6章31節〜33節)

というイエス様のみ言はあまりにも有名です。

このみ言を、我々の信仰姿勢として捉えることは出来るでしょう。

しかし、私はさらに、イエス様は、神様の息子として来られて、これを信仰のためだけでなく、人類が本来生きるべき神の国の姿を指しておっしゃったのだと思います。


何を食べようか何を飲もうかと思いわずらう異邦人とは、堕落して神様の愛が分からなくなってしまい、神様の愛を抜きにして自分の力だけで生きているつもりでいるこの世の人々のことであり、これまでの世の中はそういう人々ばかりの世の中でした。

しかし、イエス様が来られて、新約時代においては、神の国が一人ひとりの心の中にある時代を迎えました。

それが、我々の時代圏におきましては、真のご父母様が来られて、地上に実体として天国が出来る時代を迎えたのだと思います。

神の義が成就した本来の神の国は、みなが分かち合い、食べるもの、着るものに関して誰も思いわずらう必要のない世界です。

真のご父母様が来られて実体として勝利されたがゆえに、神の義が実体的に成就する時を迎えたのだと思います。

統一原理に基づく経済社会の打開策



posted by 若枝 at 19:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

地上天国を実現するにはお金の問題を越えなければならない

人間がお金に支配されてしまったのは、イエス様の時代よりもずっと昔、古代バビロニアの時代だったそうですが、
その頃から明らかにサタンは、人間を、お金を通して支配してきました。

どうやらイエス様が叱責されたパリサイ人というのは、モーセの律法を守らずに、このお金に価値を置いた人々だったようです。


地上天国を実現するためには、このお金との戦いに勝利しなければならないと思います。

最近、このお金の力に負けて、統一教会から退いていく人たちもいるようですが、お金の力に負けたらその先には地上天国がないのは、このことを考えてみれば明らかです。

神様の復帰摂理歴史ならびに人類史的な戦いは、一人ひとり一家庭一家庭が、真のご父母様が勝利されたように、死をも覚悟して、このお金との戦いに勝利して、お金によって支配してくるサタンの支配圏を乗り越えていく道しかありません。



posted by 若枝 at 18:07| Comment(0) | 基元節・天一国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする