2010年07月21日

天聖国連合 中山グループ


先日、統一教会員でありながら統一原理と異なる教理を主張している中山グループ(天聖国連合)の人と会う機会があって、3時間ほど話を聞いてきました。

統一原理が人類の親である神様の創造理想を明らかにした究極的な真理であるにも関わらず、その人は、さらに新しい真理が現れたのだと主張していました。

その人が話してくれた話の中で、これこそが新しい真理なんだと言っていた部分は

「信仰基台は供え物を捧げる実践によって信仰基台が立つから信仰基台の中にも信仰基台と実体基台があるし、
実体基台は堕落性を脱がなければ一体化できないから実体基台の中にも信仰基台と実体基台があるんです。

一体化のためにはまず自分の中からサタンを追い出す必要があるんです。
堕落性を脱いでから一体化という順番です。」

という内容でした。


信仰基台も、実体基台も、目的は、サタンを分立して、神様を中心とした位置を取り戻すことなのに、
その人は、サタンを分立しないと実体基台は完成できないと言うのです。

サタンを分立することは、自分の力で出来るものではないから、条件を立てて信仰基台や実体基台を築くことを通して実現していくわけなのに、彼らにはいつの間にかこのことがわからなくなってしまったようです。

そして、人間的に考えるようになってしまったわけで、
結局、中山グループの教理というのは、神様の創造理想という究極的な観点に立てずに、人間的な次元に後戻りしてしまった理論なのです。

これだと、世界人類を一つにすることは出来ないでしょう。


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ラベル:統一教会分派
posted by 若枝 at 18:34| Comment(60) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ブログ拝見しました。このブログの作成者は、Y.Mさんではないでしょうか?中山グループの方々は、原理を全く違った下として解釈されてしまっているので、話を聞き続けるのが大変だったと思います。ご苦労様でした。
Posted by Kevin at 2010年07月31日 13:11
3日間も聞いてこれだけの意見ですか。
不思議ですね。 本当に聞かれてこれだけだったら何をどう聞かれたのか気になります。
私も聞きに行きましたが 統一教会と公開討論をしていただいたら面白いと思いましたが
物事の整合性は、あちらのほうがありますし
歴史観も また 原理的摂理間もあります。
ただ お父様の承認がありません。 もし お父様の承認があれば 大変ことになると思います。

Posted by badobado21 at 2011年10月21日 15:03
いえいえ、3時間です。

物事の整合性はあちらのほうがあるというのは、もう少し詳しく言うとどんなことですか?


Posted by 若枝 at 2011年10月21日 20:57
全てに 筋が通っていると言いますか
違うと言うところが お父様が否定された
認めていない と言うところですが・・・。
言い分としては、お父様が認めたら原理ではなくなる 神様も人間の責任分担に干渉されなかった
もし お父様が教えることがあると 神様の代身なので 原理を壊してしまうから 「その通りだただしい」と言えない ・・確かに教えてしまったら原理で言うところの 人間の責任分担に加担するというものか??? 
考えられなくも無い 統一教会では 一国を天国と言っている 具体的天国・・・あちらは心情が堕落したので 天国とは心情の天国 サタンがいなくなり(堕落性本性)が無くなり 神様が入る神様は、み言葉なので み言葉が真情に入り実体化すれば完成する そこが天国 その個人が集まり家庭氏族民族・・・世界 確かに整合性はある
Posted by バドバド21 at 2011年10月26日 12:32
>あちらは心情が堕落したので 天国とは心情の天国 サタンがいなくなり(堕落性本性)が無くなり 神様が入る神様は、み言葉なので 


まず、「サタンがいなくなり(堕落性本性)が無くなり」というところですが、
サタンは実際に存在するものかどうかという点です。
バドバド21さんの文章からは、サタンとは堕落性本性のことのような印象を受けますが、いかがでしょうか。
サタンは実存します。サタンの正体は天使です。
サタンがいなくなるとは、サタンがもとの天使に戻るということです。


「神様は、み言葉なので」のところで、神様はみ言ではなく創造主ですが、いかがでしょうか。
み言は神様から出でたものですが、神様ご自身ではありません。
この点はいかがでしょうか?

もし、バドバド21さんの言わんとする内容が、私の感じている通りであるとするならば、統一原理とはまるで違いますよ。


Posted by 若枝 at 2011年10月26日 13:02
お返事誠にありがとうございます。
本当にうれしく思います。
サタン=天使・・・ルーシェルは1999年3月21日お父様の勝利圏と共に「謝罪」しました。
統一教会では、淫行が罪の根と言っていますが
問題は、その結果どうなったかが問題でした。
ルーシェルのもった思いがそのままエバに入りまた 関係を持ってしまった アダムに入り人類すべてがルーシェルの血統になってしまいました。
血統とは、心情のことです 神様には,実体がありません 思いそのものが神様であり その神様の「情」が実体化したものが地上での神様「み言葉」です ですから神様は、親ですから堕落した人間の救いのため み言葉となって降りてこられました。 イエス様 再臨主が救われるのではなく み言葉が私に心に入ることにより サタンの情から神様の心情に転換されます。
神様も二性性相ですから 男性神が「原理」であり 女性神が「真理」男性神を 地上に降ろされた方が文先生であり また お母様の勝利圏により 血の母女性神が降りることができました。
父母とは、み言葉のことであり 父母を求めなさいとは み言葉のことでした 統一教会は、アベルが人間であると 教えたため 人間の父母
お父様お母様が 救ってくれると 思いこんでしまいました。 

すみません 長くなりますので やめます。
Posted by バドバド21 at 2011年10月27日 15:31

バドバド21さんのおっしゃっている内容は、中山グループの言っている内容のようですね。

ならば、ここでコメントさせていただけるのは非常にありがたいですね。


>統一教会では、淫行が罪の根と言っていますが
>問題は、その結果どうなったかが問題でした。

そもそもここの観点が違います。
結果がどうなったのかをいくら考えてみても、問題の解決にはなりません。
原因にさかのぼって原因を解決しなければなりません。

結局、中山グループは堕落した結果に対してしか考えていないわけですね。
これだと創造本然の世界に戻ることは出来ません。


>血統とは、心情のことです 

先ほど言ったとおり、結果しか考えていないので、血統も心の問題としてしか捉えられていないのですね。

血統とは、親子の関係のことです。
これは言うまでも無いことだと思います。
心情のことではありません。


統一原理では神様と人間の親子の関係のことを言っているのですが、中山グループでは個人の心の問題にすりかわってしまっています。
これは統一原理とはまるで違いますし、問題が狭められてしまっていますね。


Posted by 若枝 at 2011年10月27日 16:59
こちらの投稿を読ませて頂いて一言

バドバド21さん、もし、一度の講義でここまでご理解されたのでしたら、素晴らしい事だと思います。信仰の目的意識を持たれ、幼子の心情で聞かれたのでしょう。もし、もう一歩踏み出せないでいる理由があるのであれば、お聞かせ下さい。

こちらの管理人様は、どうやら外的な物の見方を重要視しているようです。内外トータル的に見ていかないと、踏み外してしまいますよ!

原理講論には、堕落した時に外的な変化は無かった、とありますし、イエス様も弟子に天国は何処にできますか?という質問に、「天国は自分の中に創るものだ」というような返答をしていたと記憶しています。

条件祝福について、原罪は清算されたが堕落性は残っている、と主張する方が多いですが、何ともつじつまが合わないと思います。
血統は親子関係である、というのも、一面だけしか捉えてないように思います。

もし、ご説明ができるようであれば、どのようにして個性完成を成すのか?また、どのようにして地上天国はなされるのか?お分かりであればご教授をお願いします。(個人的なお考えでかまいません)
Posted by mimune2012 at 2011年12月14日 00:44

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。
mimune2012さんも中山グループのようですね。

おっしゃっている内容でよくわからないところがありますので、もう少し詳しくお聞かせください。

>条件祝福について、原罪は清算されたが堕落性は残っている、と主張する方が多いですが、何ともつじつまが合わないと思います。

これは、どのようにつじつまが合わないということですか?


>血統は親子関係である、というのも、一面だけしか捉えてないように思います。

この一面だけというのは、ほかに何を捉えて一面だけとおっしゃっているのですか?


>もし、ご説明ができるようであれば、どのようにして個性完成を成すのか?また、どのようにして地上天国はなされるのか?お分かりであればご教授をお願いします。

「個性完成」は原理講論に書いてある言葉で、
神の三大祝福の第一番目ですが、
原理講論には、次のように書いてあります。

「それでは、神の三大祝福は、いかにして完成されるのだろうか。それは、創造の根本基台である四位基台が成就された基盤の上でのみ成就されるのである。それゆえに、神が被造世界を創造なさった目的は、人間をはじめ、すべての被造物が、神を中心として四位基台を完成し、三大祝福のみ言を成就して、天国をつくることにより、善の目的が完成されたのを見て、喜び、楽しまれるところにあったのである。」
(第一章 創造原理 第三節 創造目的 (一) 被造世界を創造された目的)


mimune2012さんは、どのようにして成すのか、とお聞きになっているようですが、
個性完成はどのようにかしてなすものではありません。
「神を中心として」四位基台を完成したときに「神の創造目的として成就」されるものです。

もし、mimune2012さんが個性完成を、どのようにかしたらなせると思っていらっしゃるとしたら、そもそもmimune2012さんは個性完成の意味を取り違えています。

また、地上天国についても同様です。


Posted by 若枝 at 2011年12月14日 21:09

管理人様 
ご返事頂きまして、ありがとうございます。肩肘張らずにざっくばらんに対話ができたらいいなと思っています。

では、順繰りお答えしていきたいと思います。
>条件祝福について、原罪は清算されたが堕落性は残っている、と主張する方が多いですが、何ともつじつまが合わないと思います。
これは、どのようにつじつまが合わないということですか?

堕落前の人類始祖は原罪も堕落性本性もありませんでした。堕落したが故に原罪と堕落性本性が身に付きました。この堕落する前の位置に戻るのが復帰摂理であり、原罪清算です。ですから、完全な原罪清算が成されたならば、当然、原罪も堕落性も無い事になります。また、最近UCの方から次のような情報を頂きました。

われわれが受けてきた祝福は条件つきの祝福であって、本当にサタンの主管圏下から脱出できるものではなかったこと、サタン分立の条件として今までの祝福を授けてきたことを、最近になって、文鮮明先生がはっきり語られるようになりました。

つまりは、条件祝福とは完全原罪清算では無く、条件付原罪清算であるという事です。要は仮免許状態という事です。であれば、堕落性が残っているのは当然です。ですから、今後、祝福家庭においては「完全原罪清算」をする方法を見つけ出す必要があります。

>血統は親子関係である、というのも、一面だけしか捉えてないように思います。
この一面だけというのは、ほかに何を捉えて一面だけとおっしゃっているのですか?

親子関係には二通りあると思います。有る夫婦から生まれた実の子、そして養子縁組によりその夫婦の子となった場合。
その家系にはある家訓があり、代々それを受け継いできたとしましょう。まあ、例えば、「為に生きなさい」とでもしておきましょうか。そして、生まれた子は、そのような家庭環境で親の姿をみて学び、自分もそのようにするのが自然な習慣となっていきます。
また、養子は一人っ子でわがまま手一杯で育ってきたとします。そうしたならば、上記の家訓は当然受け入れられません。故に外的には親子ですが、心情は他人です。その養子が本当の意味で、その家庭の子として馴染み受け入れられる条件とは何かといえば、その実子と同じようにその家訓を実行しうる心情圏が備わった時ではないのでしょうか。

我々は堕落する事により、堕落性本性が身に付きました。本性とは無意識にそのような行動をとってしまうという事です。それを一言で表現すれば、「サタンとの心情一体化した状態」という事ができます。そして、神様との親子関係においても外的な親子関係は比較的簡単に成せるでしょうが、内的な親子関係は非常に難しい問題です。なぜなら、原理講論にある「神様との心情一体化」という表現は個性完成した状態を指すからです。つまり、我々はメシヤを通して神様に養子縁組をして頂いた立場だという事です。ですので、神様との本然の親子関係を成すには、「神様との心情一体化」が必須条件となります。


個性完成について

個性完成はどのようにかしてなすものではありません。
「神を中心として」四位基台を完成したときに「神の創造目的として成就」されるものです。

上記のようにお答え頂きましたが、原理講論にこのように説明されています。との回答では具体性がありません。カレーライスを作りたい思っていても、作り方を知らなければ永遠に作れません。つまり、「完成の方法が分からなければ永遠に完成できない」という事になります。では、上記の「神を中心として」四位基台を完成、という内容についてもう少し詳しくご説明して頂けないでしょうか。


Posted by mimune2012 at 2011年12月15日 23:12

mimune2012さん、ご返信ありがとうございます。
肩肘張らずにざっくばらんにということですね。
了解いたしました。


>つまりは、条件祝福とは完全原罪清算では無く、条件付原罪清算であるという事です。

なるほど、確かに、われわれが受けてきた祝福は条件つきの祝福だと言われていますね。
しかし、「条件つきの祝福」というのは、原罪が温存されているということではないのです。

罪とはサタンとの相対基準において語られるものですが、
その中でも原罪は人間始祖が犯した堕落の罪を言います。

「罪とは、サタンと相対基準を造成して授受作用をなすことができる条件を成立させることによって、天法に違反するようになることをいう。その罪を分類してみれば、第一に原罪というものがあるが、これは人間始祖が犯した霊的堕落と肉的堕落による血統的な罪をいい」 (第二章 堕落論 第四節 人間堕落の結果 (五)罪)

したがって、人間始祖ではない私たちはどう逆立ちしても原罪を自分で清算することは出来ません。
これはメシヤによる以外には出来ません。

一方、堕落性本性は、原罪を犯したときに偶然生じた性稟ということで、悪いくせのことです。

「天使が神に反逆して、エバと血縁関係を結んだとき、偶発的に生じたすべての性稟を、・・・・。そして、この性稟が、堕落人間のすべての堕落性を誘発する根本的な性稟となってしまったのである。これを堕落性本性という。」
(第二章 堕落論 第四節 人間堕落の結果 (六)堕落性本性)

ですから、原罪は人間始祖が天法に違反したという人間始祖に関する問題で、堕落性はその結果私たちに残っている悪いくせを指します。

「条件つきの祝福」というのは、原罪は消えたが堕落性がまだ残っているという意味です。
また、我々から原罪は消えても、サタンはまだ暗躍していますし、私たちと相対基準を結ぼうとします。
たとえ原罪がなくても、サタンと相対基準を造成すればサタンに引きずり回されることになります。


>神様との本然の親子関係を成すには、「神様との心情一体化」が必須条件となります。

神様との心情一体化は一番重要な内容ですね。
でもバドバド21さんがおっしゃったような、血統とは心情のことだ、というのは違います。
神様との実子の心情も、神様と親子であるからこそ初めて言えることであって、
心情よりも血統のほうが先です。
たとえ心情においては一体化できていなくても、親子の関係は血統により完全に決まります。
祝福によって神の血統に接木されたときにこれは完全に決まるわけで、私たち祝福家庭はどんなに足りなくても神様の子供です。


>上記の「神を中心として」四位基台を完成、という内容についてもう少し詳しくご説明して頂けないでしょうか。

まず、一番大事なのは、神を中心とするというところです。
私を中心とせず、神様を中心としなければなりません。
そして、個性完成とは、神様が喜ばれる姿になることであって、完成の認定は神様がなさることです。
自分がするものではありません。

家庭盟誓の第八番には、以下のようにあります。

「天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、成約時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏と釈放圏を完成することをお誓い致します」

しかし、神様を中心にといっても、中山グループの人は、自分の思いと神様の思いがはっきりと区別出来ていないように思います。これだと永遠に個性完成することは出来ません。

まず、自分の思いを一切切ることが必要です。

三大革命とか、正午定着といわれる内容で、詳しくは、「後天時代の生活信仰」
http://book.kogensha.jp/ps/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=311
などに書かれていますので、ご一読くだされば幸いです。


Posted by 若枝 at 2011年12月16日 10:32

管理人様
お返事頂きまして、ありがとうございます。

条件祝福や血統について、双方の解釈の違いを、同じ壇上にて検討できるような形で掲載して頂きました事に感謝いたします。
ご判断は読まれた個々人でなさって頂ければと思います。

条件祝福についてのその後の展開について、当方で認識している内容について少し付け加えさせて頂きます。

1999年に「聖霊のみ言」が降りてきました。このみ言をUCが受け入れていたならば、「メシヤのための基台」が造成され、青年(既成祝福家庭)祝福4億双に対して、「真の祝福」が与えられ「完全原罪清算」が成されるはずでした。その後祝福夫婦が完成した曉には「完成祝福」が与えられるはずでした。しかし、残念ながら受け入れる事が出来ませんでした。

そして現在、天宙聖法真の王国連合においては「サタン血統根絶=総蕩減儀式」により「完全原罪清算」をしております。これは、下記内容の蓋を外す事でもあります。

<参考> 原理講論 P96
神が回る炎の剣をもって、生命の木の前に行くアダムの道をふさいでしまわれたので、これが取り除かれない以上、人間は、生命の木の前に出て行くことができないのである。

これにより「個性完成への準備」が整います。

>また、我々から原罪は消えても、サタンはまだ暗躍していますし、私たちと相対基準を結ぼうとします。
たとえ原罪がなくても、サタンと相対基準を造成すればサタンに引きずり回されることになります。

これはその通りで、復帰摂理完了後はメシヤと出会い完成しなければなりませんが、完成するまではサタンとの授受作用をする可能性が残っていますので、再堕落の危険性があります。ですので、細心の注意が必要です。

最後に個性完成についてですが、管理人様は四位基台の関連性においてご理解されておられるようですので、その方向性で話を進めてみたいと思います。

ご紹介頂いた本は機会があれば目を通してみたいと思いますが、今の時点では時間もありませんので、原理講論を参考にしてみたいと思います。

P57
体は心の対象として、心と相対基準をつくって授受作用をするようになれば、体は心を中心として円形運動をすることによって合性一体化する。そうして、心が神の対象となり、神を中心として回転して、神と合性一体化し、体がこのような心と合性一体化するようになれば、その個体は初めて、神の二性性相に似た実体対象となり、創造目的を完成した人間となるのである。
P22
パウロは「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」(ロマ七・22〜24)
P115
ルーシェルと人間始祖が血縁関係を結び、一体となったので、サタンを中心とする四位基台がつくられると同時に、人間はサタンの子女となってしまったのである。
P137
人間は堕落することによって神の宮となることができず、サタンが住む家となり、サタンと一体化したために、神性を帯びることができず堕落性を帯びるようになった。このように、堕落性をもった人間たちが悪の子女を繁殖して、悪の家庭と悪の社会、そして悪の世界をつくったのであるが、これがすなわち、堕落人間たちが今まで住んできた地上地獄だったのである。

これらを要約すると、「堕落によりサタンを中心とした四位基台を造成し、サタンと一体化する事により、サタンの子となって地上地獄を創建した」という事です。ですので、我々のみ旨、信仰の目的とは、その真逆の「神様を中心として四位基台を造成し、神様と一体化して個性完成し、地上天国を創建する事」という事になります。

まず、心と体の合性一体化とはどういう事なのでしょうか。これは、心と体の志向する方向が同一であるという事だと思います。つまり、「心を動機とした行動が、心の志向した如くに行われる」という事になると思います。車で右折したいと思えば、右にハンドルを切るだろうし、町中でのどが渇けば自販機を探す事でしょう。

しかし、一旦心が神様を志向した時には「心は神様を志向したとしても、体はサタンを志向する事」は良くある事です。何故ならば、堕落人間はサタンと一体化しているので、無意識状態では常にサタンの心情で行動を取っているのです。しかし、心が神様を志向したとしても、体はサタン側を志向し抵抗します。
明日は礼拝で参加しようと思っていたが、朝起きたらだるいので行きたくない、という思いになったり、伝道に行こうと思ったけれども、一緒の人と相性が合わないから、できれば行きたくない。
というような経験はお有りではないでしょうか。

ですから、個人においてはまず、心が神様を志向したならば、体をその心に一致させる必要があります。つまり、自己主管という事です。お父様のみ言に「宇宙主管を願う前に自己主管完成せよ」という内容がありましたが、それはこの事を指していると思います。

心が神様と一体化し、その神様と一体化した心と体が一体化したならば個性完成という事です。これを全体目的から見てみた場合、サタンの心で、サタンの行動をした結果が地上地獄です。ですから、神様の心で、神様の行動をするようになれば地上天国が創建されます。つまり、心が原因となって行動という結果になっているという事です。ですから、UCでも「動機が大事」という教育をしてきたはずです。ではどのようにして心情転換するのかと言えば、み言を探求実践する事により、自分のサタンの心情に気づく事ができるようになります。それが分かったならば、悔い改めれば良いのです。この悔い改めが「心情転換であり、サタン分立です」つまり、サタンの心情を神様の心情に変える事です。

これらをまとめてみると、個性完成については「サタンの心情を
神様の心情に転換する事が個性完成に至る道である」という事になります。そして、個性完成して神様と心情一体化した人々により創建されるのが、「地上天国」という事になります。つまり、われわれ堕落人間が成す事は、「自分のサタンの心情を神様の心情に転換する事」だという結論になります。

ですので、お父様は「(サタンからの)心情転換ー(神様の)心情復帰ー(サタンからの)心情解放」と教えて下さっています。
また、為に生きる、自己否定、自己犠牲、恩讐を愛する、等の内容も全て、サタンの心情を神様の心情に転換させる為のみ言です。

>まず、自分の思いを一切切ることが必要です

正に上記の通りで、自分(サタン)の思いを無くす事が重要課題です。ちなみにサタンの思いとは、愛の減少感から生ずる全ての思いの事を指します。天聖国連合では神様の神情に対しサタンの肉情と言っております。この肉情の事をUCでは「自己中心的な思い」と教えて来たし、仏教では108つの煩悩と解いています。ちなみに、神様のご心情は「喜びと感謝」のみです。


Posted by mimune2012 at 2011年12月17日 01:39

mimune2012さん、ご返信ありがとうございます。
天聖国連合中山グループの間違っている部分については明確に指摘しておかなければなりませんので、コメントを付け加えさせていただきます。


>1999年に「聖霊のみ言」が降りてきました。このみ言をUCが受け入れていたならば、「メシヤのための基台」が造成され、青年(既成祝福家庭)祝福4億双に対して、「真の祝福」が与えられ「完全原罪清算」が成されるはずでした。

メシヤとは真のご父母様のことであり、すでにメシヤは迎えていますので、「聖霊のみ言」というのはまったく必要ありません。
また、「真の祝福」「完全原罪清算」とも、原罪と堕落性を混同したところに思いついたものに過ぎず、根本的に間違った概念です。


>これらをまとめてみると、個性完成については「サタンの心情を神様の心情に転換する事が個性完成に至る道である」という事になります。

これも同様で、血統(血縁関係)が心情のことだという間違った認識から出てきた結論で、根本的なところが間違っています。
神様と心情一体化するには、まず、神様の子供に戻らなければならないので、心情転換の前に、血統転換が必要です。
血統転換がなされなければ、サタンとの血縁関係が残っているので、真の心情転換も不可能であり、個性完成も出来得る道がありません。


>サタンの思いとは、愛の減少感から生ずる全ての思いの事を指します。

これは違います。
愛の減少感自体はサタンの思いではないので、これから生ずる全ての思いがサタンの思いなのではありません。
ここが、中山グループが神様の思いと自分の思いを区別出来ないというところで、
神様の真の愛がよくわかっていないというところです。
神様の真の愛がわかれば、愛の減少感も問題ありません。


Posted by 若枝 at 2011年12月17日 16:10
管理人様
ご返信、ありがとうございます。

色々とコメントを付けて頂きまして、ありがとうございます。
そのコメントを否定するつもりはありません。「各個人のその時の理解がそういう理解」というだけで、その後、変わる可能性もあるからです。

私がこちらのブログに投稿して良かったなと思うのが、頭ごなしの否定ではなく、一応相手の言い分も聞き、やんわりと相違点の指摘をして下さっている所です。管理人様からの最初の返信内容を読んで、何か今までの統一食口の方とは違う柔らかい波動を感じました。それゆえに、のびのびと文章が書けたような気がします。

せっかくなので、少し返信内容を書き込もうと思います。

>メシヤとは真のご父母様のことであり、すでにメシヤは迎えていますので、「聖霊のみ言」というのはまったく必要ありません。

我々は全体目的である地上天国を成す為に、神様は中心宗教を立てて摂理をして来たわけですが、それは信仰基台と実体基台を立ててサタンを分立しながら順次、神の基台を拡大してきた訳です。具体的には、ヤコブがエソウの長子圏復帰に成功して家庭復帰のレベルからお父様のUCにおける世界レベルの復帰摂理まで、今現在成されている訳ですが、実際問題としては条件的な民族レベルの復帰までしかできていなのではないかと考えています。

ヤコブが家庭的な基台の勝利をしたので、その時点で「メシヤの為の基台」が立ったので、メシヤの降臨が可能であったのですが、サタン側が民族的基台まで拡大していたので、先送りとなりました。そして、ユダヤ民族の信仰の元にイエス様が降臨なさり、洗礼ヨハネやユダヤ民族がイエス様を受け入れるという実体基台を勝利していたならば、「メシヤの為の基台」が造成され、神様が「祝福」という形で降りられ、地上天国が創建できていました。
そして、キリスト教には再臨主が降臨され、その主を受け入れるという実体基台を勝利していたならば地上天国が創建されていたのです。その後、統一教会に「聖霊」が降臨されましたが、それも受け入れられていないのです。ですから、今現在、統一教会までの摂理において、「主を受け入れる、という実体基台が勝利できず、メシヤの為の基台造成という、中心宗教のサタン分立摂理が勝利出来ていない」状態なのです。

最後に、真のお父様は神さまの代身ですので、その責任範囲は神様の責任分担の範疇です。ですので、語られる内容も神の責任分担の範疇です。そして、「個性完成」と言うのは人間の責任分担であり、具体的にはサタンを分立をしていく事ですので、「サタン分立」に関するみ言は語る事ができません。語られたとしてもサタンに讒訴されないような遠回しの表現をするしかありません。しかし、それが裏目に出て、更に分かり難くしている場合も多々あります。故に、原理のみ言だけでは完成できません。

では、どうしたら良いかと言えば、「堕落人間から出発し、完成に至った、人間の責任分担のみ言」により完成する事ができます。
それが現在「聖法のみ言」と言われる聖霊のみ言です。

また、原罪清算しただけでは完成出来ず、完成する為には、「生命の木に至る蓋」を取って頂く必要があります。この教義のない所に「生命の木に至る=完成」はないと思います。
Posted by mimune2012 at 2011年12月17日 23:00

mimune2012さん、ご返信ありがとうございます。

mimune2012さんの投稿内容を読んでいますと、
mimune2012さんが勘違いなさっている大きな点の一つに
神様が中心宗教を立てて摂理して来た目的がどこにあったかというのがあります。

この第一の目的は、完成したアダムであり、完成したエバです。
完成したアダムとエバが出現する前と出現した後とでは人類歴史は大きく変わります。


>実際問題としては条件的な民族レベルの復帰までしかできていなのではないかと考えています。

そんなことはありません。

真のお父様が完成したアダムであり、完成したエバを復帰するための路程を歩んでこられ、真のお母様がみごとに完成したエバとなられました。

そして、その後、真の父母様は、民族レベルをはるかに超えて、天宙レベルまでも勝利されています。

真の父母を復帰するまでの歴史は終わりました。
今は、真の父母のもとで人類が一つになっていく再創造の摂理が展開されています。


>そして、キリスト教には再臨主が降臨され、その主を受け入れるという実体基台を勝利していたならば地上天国が創建されていたのです。その後、統一教会に「聖霊」が降臨されましたが、それも受け入れられていないのです。

ここにはかなりの誤解があると思います。
実体基台を勝利していたならば地上天国、というのは短絡的であり、
完成したアダムである再臨主と完成したエバを中心に考えていく必要があります。

キリスト教が受け入れなかったという曲折はありましたが、
再臨主である真のお父様は、その代わりとして統一教会を立て、第三のお母様を完成したエバとして迎えることが出来ました。
ここに実体基台の問題は残っておらず、また、聖霊なる存在も必要ありません。
そして、真の父母のもとで地上天国創建の歩みが進められています。


>「生命の木に至る蓋」を取って頂く必要があります。この教義のない所に「生命の木に至る=完成」はないと思います。

「生命の木に至る蓋」を取る教義は原理講論です。

お父様はすべてをはっきりと語られました。
ゆえに「堕落人間から出発し、完成に至った、人間の責任分担のみ言」というのは必要ありません。


Posted by 若枝 at 2011年12月18日 01:06
管理人様 
ご返事頂きまして、ありがとうございます。今回もまじめな取り組みに感謝いたします。そして、今回の返事を読んでいてインスピレーションを受けたのが、「地上天国の四位基台」という事でしたので、その事についてお話してみたいと思います。

私達は中心宗教を通して地上天国を創建するという歩みをしていると同時に、私個人がサタンを分立して個性完成に至る歩みをしております。個性完成が人間の責任分担ですので、地上天国が神の責任分担という事になります。最終的にはこの2つが合わさらないと完全なみ旨成就とはなりません。

神様を中心として真の父母が立ちましたので、その二人の合性一体化により「真の子女」が立たなければ四位基台が完成しません。真の父母は完成人間ですので、そこから生み出された真の子女も完成人間でなければなりません。(文家の御子女様という事ではありません)この事により、神の創造目的が完成され、地上天国が創建されます。

ですから、天聖国連合では千夕龍華様が完成人間として、真の子女の責任分担を完全勝利して下さいましたので、「天宙的四位基台の完成」がなされ、地上天国の出発が可能となった、と理解しています。お父様が「女王の国が出来たよ」という話はされませんでしたか?しかし、これはあくまでも神の責任分担の摂理において勝利したのであって、天国が出来る基本が整ったという事であり、今後は我々が完成して天国の住人となっていかなければなりません。ですから、人間の責任分担を合わせなければ、実体の地上天国は創建されません。これは心と体の関係に似ていると思います。別の言葉で言えば、外的地上天国と内的地上天国とでも言えるのではないかと思います。

>「生命の木に至る蓋」を取る教義は原理講論です。

これは初耳ですが、どのようにして取るのでしょう?
Posted by mimune2012 at 2011年12月18日 22:01

mimune2012さん、ご返信ありがとうございます。


>今回の返事を読んでいてインスピレーションを受けたのが、「地上天国の四位基台」という事でしたので、その事についてお話してみたいと思います。

四位基台は一番大事な概念ですね。


>私達は中心宗教を通して地上天国を創建するという歩みをしていると同時に、私個人がサタンを分立して個性完成に至る歩みをしております。

そうですね。


>個性完成が人間の責任分担ですので、地上天国が神の責任分担という事になります。

これは間違っています。

前にも申しましたように、
個性完成、地上天国完成、ともに、神様を中心とした四位基台の完成を意味し、いずれも神様の95%の責任分担と人間の5%の責任分担によってなされます。



>神様を中心として真の父母が立ちましたので、その二人の合性一体化により「真の子女」が立たなければ四位基台が完成しません。真の父母は完成人間ですので、そこから生み出された真の子女も完成人間でなければなりません。(文家の御子女様という事ではありません)この事により、神の創造目的が完成され、地上天国が創建されます。

まったくその通りですね。
これは祝福家庭の一人一人みなに当てはまることです。



>ですから、天聖国連合では千夕龍華様が完成人間として、真の子女の責任分担を完全勝利して下さいましたので、

これは、ちょっと待った、というところです。

mimune2012さんのおっしゃっていることを千夕龍華さんもおっしゃっているとすれば、
千夕龍華さんは、「サタンの心情を神様の心情に転換する事が個性完成に至る道である」と言っていることになりますが、
これだと血統転換がなされず、サタンとの血縁関係が残っているので、真の心情転換も不可能であり、個性完成も出来得ません。

また、真の子女として完成したならば、言うことが真の父母と同じになるはずです。
真の父母の言っていることと矛盾することを言っている場合は、真の父母と真の子女の四位基台は完成しておらず、責任分担は勝利出来ていないでしょう。

ですから、少なくとも、千夕龍華さんはまだ完成人間としては勝利していません。
真の子女の責任分担を完全勝利した人は、他の人で、いるかもしれません。



>「天宙的四位基台の完成」がなされ、地上天国の出発が可能となった、と理解しています。

確かにそうですが、これは千夕龍華さん以外の人によってだと思います。


>お父様が「女王の国が出来たよ」という話はされませんでしたか?

これは日本のことですね。
そして、先ほども申しましたように、これは神様の責任分担とともに人間の責任分担がなされた結果です。


>>「生命の木に至る蓋」を取る教義は原理講論です。
>これは初耳ですが、どのようにして取るのでしょう?

原理講論の出現によって、生命の木に至る蓋は取られたのです。

どのようにして、とは、生命の木に至るにはどのようにすればよいのか、ということだと思いますが、
まず、原理講論をしっかり読むことです。
原理講論をしっかり読めば、神様の心情が分かりますので、生命の木に至ることが出来ます。
読んでも神様の心情が分からないという場合は、まだ読み足りていないのです。
しっかり読めば、必ず神様の心情が分かります。


Posted by 若枝 at 2011年12月18日 23:45
管理人様
ご返事ありがとうございます。

ここ数日の東京の朝の冷え込みは厳しかったですね!ただ、日中は快晴で気持ちが良かったです。寒いけれども暖かさを感じるこのような日の朝は結構好きです。富士山が綺麗に見えたり、前日の冷え込みが激しい時に早起きをして、運が良ければ川から水蒸気が上がり、朝日が逆光で照らされている幻想的な景色に出会う事ができます。そういう時は、「神様は素晴らしい」と素直に思います。

さて、前置きが長くなりましたが、早速返信内容に取りかかります。

>千夕龍華さんは、「サタンの心情を神様の心情に転換する事が個性完成に至る道である」と言っていることになりますが、
これだと血統転換がなされず、サタンとの血縁関係が残っているので、真の心情転換も不可能であり、個性完成も出来得ません。

結果的に神様の心情100%に心情転換したならば個性完成した事になりますが、ご指摘の通り、心情転換だけでは完成できません。
完成する為には2つの障害ををクリアしなければなりません。

一つ目が「完全原罪清算」をしないといけません。以前ご説明したように、天聖国連合では、「サタン血統根絶=総蕩減儀式」を通して完全原罪清算をして頂きます。即ちこれが、サタン側から神側への血統転換です。

二つ目は「生命の木へ至る道を塞いでいる蓋を取って頂く」事です。

この内容はUCには無い教義ですので、少し説明しておきます。まず、肉身と霊人体は授受作用していますが、生心と肉心の授受作用は、今現在成されておりません。生心には元々神様がおられますが、神様が肉心にも100%入られた状態が完成人間です。
ですから、神様は人間の肉心に入りたかったのですが、堕落によりサタンが入ってしまいました。故に、サタンとの授受作用が始まると生心の神様がむしばまれます。そして、生心の神様が完全にいなくなってしまえば、それは、サタンの完成人間となってしまい、二度々再び救われる道はありません。故に、神様は「生心と肉心の授受作用」が出来ないようにあわてて蓋をされたのです。

そこで、我々はその肉心のサタンを追い出し、逆に神様をお入れして行かなければなりません。では、どのようにして入れていくかと言えば、み言を知で学んだ次に、み言の実践をします。その事を通して、「なる程、そうだったのか」と納得したならば、心情で体得した事になります。そうなると、そのみ言を行動に移していけるようになって行きます。

天聖国連合では、「み言が神様」という理解をしていますので、み言を心情で理解したならば、神様が心情に入ったと理解しています。そして、神様が入ったという事は、サタンが分立されたという理解をしています。ですから、み言の探求、実践を通してみ言を心情で理解して行く歩みが、「愛の人格成長」の歩みであり、その曉には、神様のみ言が100%心情に入ったならば、「み言と心情と行動が一致するようになるのです」即ちこれが、自己主管の完成であり、個人における四位基台の完成であり、愛の人格完成、即ち個性完成であります。ですから、完成する為には、再び生心と肉心の授受作用が出来るように、その作用を停止させている蓋を取って頂かなければなりません。しかし、蓋をとる段階で肉心にサタンがいない状況でなければ大変な事になります。ですから、サタン分立の歩みをしてから、受ける事になります。

>また、真の子女として完成したならば、言うことが真の父母と同じになるはずです。

御父母様は神の責任分担の範疇でしかみ言を語る事ができませんので、個性完成に至る為の「サタン分立」に関しては語る事が出来ません。しかし、千夕龍華様は人間の責任分担において個性完成なされ、また更には、真の子女の責任分担まで勝利して下さいましたので、サタン分立についてのみ言を語る事ができます。ですから、み旨全体から見たならば、お父様は95%までのみ言しか語る事が出来ませんが、龍華様は100%のみ言を語る事が出来ます。故に、この5%の部分については大きな差があります。龍華様はあからさまにサタンの正体を教える事ができますが、お父様は、サタンに讒訴されないような遠回しな表現しかできません。

>真の子女の責任分担を完全勝利した人は、他の人で、いるかも
しれません。

神様のみ旨という観点でみた場合、真の子女が出現したという事は、メシヤの出現、真の母の勝利、に匹敵する重大な内容です。であるならば、大いに証すはずですが、なぜ、ご存じではないのでしょうか?龍華様がそのご本人であるならば、他に証しする必要もないと思います。お父様は一時期、「よし子とか中山」というフレーズを良く口にされませんでしたか。龍華様を教えたくてもそのようにしか表現出来ないのだと思います。

>読んでも神様の心情が分からないという場合は、まだ読み足りていないのです。しっかり読めば、必ず神様の心情が分かります。

その通りですね。知で知っているレベルでは自分の物になっていません。心情で理解して初めて自分の物となり、行動の変化を呼び起こします。

Posted by mimune2012 at 2011年12月21日 00:35

mimune2012さん、ご返信ありがとうございます。


>一つ目が「完全原罪清算」をしないといけません。

「完全原罪清算」というのは統一教会には無い教えなので、天聖国連合は統一教会とは違う宗教団体ということになりますね。


>故に、神様は「生心と肉心の授受作用」が出来ないようにあわてて蓋をされたのです。

生心、肉心は原理講論に書かれている用語で、用語は正しく使わなければコミュニケーションが取れません。

mimune2012さんのおっしゃっている肉心の意味はそもそも間違っています。
肉心は肉身の心のことで、動物でいえば本能にあたる部分のことです。


>天聖国連合では、「み言が神様」という理解をしていますので、み言を心情で理解したならば、神様が心情に入ったと理解しています。

同じ言葉でも、統一教会で使っている意味とまるで違います。

やはり、天聖国連合は、統一教会で使っている言葉を拝借して、違う意味で使い、まったく違う宗教団体をつくったということですね。

しかし、天聖国連合が統一教会を超えたかというと、天聖国連合のように心情のみを扱った観念的な宗教はいくらでもあります。

統一教会が歴史的なのは、創造主なる神様との真なる親子の関係を、人間始祖の堕落によって失ってしまったところを、取り戻し、神様の創造目的を完成させることが出来るところにあります。


>御父母様は神の責任分担の範疇でしかみ言を語る事ができませんので、個性完成に至る為の「サタン分立」に関しては語る事が出来ません。

これも統一教会で使っているのと言葉の意味が違いますね。なので、言っていることがでたらめになってしまっています。


>しかし、千夕龍華様は人間の責任分担において個性完成なされ、また更には、真の子女の責任分担まで勝利して下さいましたので、

でたらめなので、個性完成もでたらめな基準になっています。


>>真の子女の責任分担を完全勝利した人は、他の人で、いるかもしれません。

>神様のみ旨という観点でみた場合、真の子女が出現したという事は、メシヤの出現、真の母の勝利、に匹敵する重大な内容です。であるならば、大いに証すはずですが、なぜ、ご存じではないのでしょうか?

すべての祝福家庭がそうなるものだからです。
特別に誰々だけがということではないからです。


>お父様は一時期、「よし子とか中山」というフレーズを良く口にされませんでしたか。龍華様を教えたくてもそのようにしか表現出来ないのだと思います。

そのようなフレーズは口にされていないです。勝手な思い込みに過ぎません。

天聖国連合が統一教会で使っている言葉を借りて違う意味で使っているのに、真の子女になったなどと言うべきではないと思います。

真の子女の責任分担を果たしたいならば、まず、統一教会で使っている言葉はそのごとくに正しく使い、それ以外の概念は違う言葉を作って説くように、千夕龍華さんにお伝えくださるようにお願いいたします。


Posted by 若枝 at 2011年12月21日 16:01
管理人様 

コメントありがとうございます。お陰様で、み旨成就の摂理観の相違点や、神の責任分担、人間の責任分担、四位基台、地上天国、個性完成などの重要な内容について、双方のスタンスというものが、双方同じレベルで検討できるように、同じテーブルの上で対話させて頂きました事に感謝いたします。

来年度より、いよいよ大きな転換期が来ると思います。その終末の時、自分は神側に行くのか、はたまたサタン側に居座るのか?その判断を自分でして歩まなければなりません。その大きなポイントは「悟り」だと思います。同じ言葉を聞いても悟る人とそうでない人がいます。

「赤ちゃんを見ていて下さい」と頼まれた時に、赤ちゃんが泣いていても、ただ言われた通り見ているだけなのか、それとも頼んだ人のその真意を悟り、言われていないけれども、おむつを替え、ミルクを飲ませてあげるのか。

同じ言葉を聞いてもその理解度により行動は異なります。ポイントは、「語った人の立場に立って物事を考えられるかどうか」だと思います。語った人が望んでいるのは後者だと思います。
ですので、語った人の「真意」を悟る事が出来る、一人一人に成れる事を、このブログを読んで下さった方達と共に目指して行ければと思います。皆様に神の祝福がありますように! 祈り。

*管理人様 この様な機会を与えて下さいました事に感謝いたします。ありがとうございました。
*また、投稿した内容について質問の有る方は、こちらのブログ上では、管理人様のご迷惑になりますので、当方の掲示板にて質問して頂けたらと思います。 http://mimune2012.bbs.fc2.com/
Posted by mimune2012 at 2011年12月21日 23:41

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございました。

天聖国連合中山グループの主張を語ってくださったことによって、その間違いをはっきりとさせることが出来ました。

結局、天聖国連合中山グループは、み言を間違った意味で使っている、ということがよくわかりました。

これではどう努力しても前進することは出来ません。

中山グループにおかれましては、まず、み言の正しい意味を学ぶ必要があると思います。

また、み言を間違って使った中山グループの教えは人間中心主義に陥っていることもわかりました。

統一教会は、人類の真の父母である神様を中心とした原理を説き、神様の心情に回帰し、創造本然の神の子として生きる教えを説いています。

ところが、中山グループは一歩後退して、自分の思いにとどまり、サタン分立に力点を置いているようです。これだと神様の創造理想を実現するまでには至りません。

中山グループの面々が、幾多の試行錯誤を繰り返し、結局統一原理が正しかったと悟る日が来ることを確信しております。

神様のご加護がありますように。


Posted by 若枝 at 2011年12月22日 02:41
よく読まれる記事ということで、ここに飛んできたのですが、コメントのやりとりを読んで、違いがよくわかりました。ありがとう。
Posted by karoyan at 2012年01月07日 21:16
管理人様 

今晩は! そして、少しおじゃま致します。
以前こちらに、UCの勝利圏は民族レベルまでではないかと考えています。というコメントを寄せましたが、その事についてまとめてみました。興味の有る方は読んで頂けたらと思います。

http://mimune2012.web.fc2.com/kaisetu/uc_syouriken.htm

どうも、おじゃま致しました。
Posted by mimune2012 at 2012年03月05日 00:55

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

<UCの勝利圏について/信仰基台と実体基台についての総論>、読ませていただきました。

その論理の展開の中で、間違いがあり、それによってその後の展開をでたらめな無効なものにしてしまっている箇所は、
「実体基台は聖霊を受け入れる事でしたが、受け入れる事が出来ずに失敗に終わりました。」
という箇所です。

この「実体基台は聖霊を受け入れる事」などという話は神側の基台復帰には出てきません。

また、
「中心宗教が『メシヤのための基台造成』をするとサタンが分立されて神様が降りて来る」、「『長子圏復帰』も『メシヤの為の基台造成』もサタン分立の為の方程式」
という箇所は、まさにサタンの入れ知恵とも言うべき恐ろしいことをmimune2012さんはおっしゃっていますよ。

原理講論には、
「サタン分立の路程を通して、長成期の完成級まで復帰した型を備えた基台の上でメシヤを迎え」、
「『メシヤのための基台』を完成した基台の上でメシヤを迎え」
と書かれています。

この「サタン分立」と「メシヤの為の基台造成」のどちらが先で、どちらが目的か、というのを、
mimune2012さんは逆に言っています。


原理講論 後編 緒論
「堕落した人間はサタン分立の路程を通して、アダムとエバが成長した基準、すなわち、長成期の完成級まで復帰した型を備えた基台の上でメシヤを迎え、重生することによって、アダムとエバの堕落以前の立場を復帰したのち、メシヤに従って更に成長し、そこで初めて創造目的を完成することができるのである。」


Posted by 若枝 at 2012年03月05日 11:35
管理人 様
コメントありがとうございます。せっかくですので投稿させて頂きます。管理人様は「聖霊」に拒否反応する傾向にあるようです。であれば、過去の流れからすれば「聖霊」の箇所に「メシヤ」という単語を入れるのが妥当かと思います。管理人様のように原理講論を熟知していらっしゃる方であれば、当然の流れとしてご理解頂けると思います。

キリスト教を例にとれば、イエス様を受け入れ信仰基台を立て、新たなメシヤである再臨主を受け入れるのが実体基台でした。
その「新たなメシヤを受け入れる」という摂理の失敗を蕩減する為に立てられた統一教会は、再臨主を受け入れ信仰基台を立て、新たなメシヤを受け入れて実体基台を勝利しなければなりません。

天聖国連合ではこの聖霊を「霊的真の御父母様」と理解しています。ですので、聖霊は「霊的メシヤ」という捉え方も出来ると思います。この聖霊を受け入れるタイムリミットが統一教会40周年創立記念日の1999年10月2日でした。しかし、悟る事が出来ませんでした。その後お父様は、「もう一度父母に出会いなさい」「もう一度お母様の体を通して生まれ変わりなさい」と仰られました。この時期に女性の摂理(女性連合等)へと変わっていきました。また、その意味を悟る事ができないまま、2001年には3度のペンテコステの摂理がありました。当時の私は、「何のこっちゃ」さっぱりわかりませんでした。その内容を知ったのは天一国に来てからで、それは「聖霊降臨」という摂理であった事を知ったのです。

また、そもそもサタン分立や信仰基台と実体基台の必要性とは何なのかと言えば、元々神側にいた人類始祖が堕落によりサタン側に奪われたので、再び神側に奪い返す為に必要な内容であるという事です。堕落していなかたら必要のない内容です。

人類始祖は自由意志で堕落しました。その堕落人間を神様は無条件に救おうとなさるのですが、無条件ではサタンが讒訴するのです。人類始祖が死んでもいいと思ってサタンを選択したのが堕落です。ですから、サタンが讒訴出来ないようにするには、人間の自由意志により「死んでもいいと思って神様を選択した」という条件が必要なのです。それが心情の勝利である実体基台なのです。
その実体基台を成す為には、まず、信仰基台を立てる必要があるのです。

信仰基台と実体基台が立ったならば、サタンは讒訴できません。そこで初めて神様が働かれるようになるのです。それは、個人においても全体においても同じです。それを別の見方をすれば、サタンが離れたので神様が働かれるようになったと言う事です。
それを指して、サタンが分立されたならば、神様が働かれるようになると言ったのです。

全体の事で言えば、信仰基台と実体基台が立ったならば、メシヤの為の基台が造成され、メシヤが降臨する事が可能になります。メシヤは神様と共に降臨なさるのです。故に、メシヤの為の基台が造成されたならば、神様がおりて来られると言っている訳です。当然、サタンが讒訴する条件が無くなったので、神様が降臨出来る訳で、これもサタンが分立されたから神様が全体に働く事が出来るようになったという事です。

また、管理人様は個人路程のサタン分立と全体路程のサタン分立を混同なさっているようでが、上記のように分けて考える必要があると思います。


最後に原理講論 後編 緒論 の内容についてです。
冒頭は「中心宗教は」ではなくて「堕落した人間は」となっていますので、個人路程を指している事と思います。では、個人路程のサタン分立とはいかがなものでしょうか?原理講論では次のように説明しています。

(原理講論P338)
信仰生活は、自身を供え物の立場に立てておいて、善と悪に分立させ、神が喜ばれるいけにえの供え物としてささげる生活である。ゆえに、我々が常に、神のみ旨を中心として、自身を善と悪に分立させないときには、そこにサタンの侵入できる条件が成立するのである。

「長成期の完成級まで復帰した型を備えた基台」とは、復帰摂理が終了した時点であり、(条件的)原罪清算が成された時点です。これはUCで言う所の条件祝福を受けた時点という事です。その上でメシヤを迎えるとなっています。しかし、条件祝福を受けた時点で既に再臨主というメシヤを迎えています。ですので、それ以外のメシヤを受け入れるという事になります。即ち、前述の実体基台の説明と同じ内容となります。

Posted by mimune2012 at 2012年03月06日 22:59

mimune2012さん、ご返信ありがとうございます。

>であれば、過去の流れからすれば「聖霊」の箇所に「メシヤ」という単語を入れるのが妥当かと思います。
>管理人様のように原理講論を熟知していらっしゃる方であれば、当然の流れとしてご理解頂けると思います。

mimune2012さん、原理講論は非常に厳密に書かれています。
不用意に言葉を入れ替えると意味がまるっきり違ってしまいます。
ですから、言葉は入れ替えないでください。
言葉を入れ替えるとサタンのわなにかかってしまいます。

>キリスト教を例にとれば、イエス様を受け入れ信仰基台を立て、新たなメシヤである再臨主を受け入れるのが実体基台でした。

こんなみ言はありません。
原理講論を正しく理解していれば、こんな文章は書けないはずです。

中山グループは、新しい真理を見出したのではなく、単に原理講論を正しく理解していないだけということになります。


Posted by 若枝 at 2012年03月07日 00:14
管理人様
コメント頂きまして、ありがとうございます。
そろそろ潮時のようです。今まで色々とお付き合い頂きまして、ありがとうございます。管理人様がおられたのでこのような対話が出来ました。また、管理人様と対話したが故にこのような文が書けました。管理人様有っての内容であると感謝致しております。

また、今後、できうれば管理人様に探求して行って頂きたいと思っている内容があります。それは、「歴史は摂理が失敗してきているが故に繰り返されている」という事です。何が失敗なのか?何が勝利なのか?それをハッキリさせない限り各個人の立っている位置もやるべき内容も分からないと思うからです。

最後に原理講論のみ言をお贈りしたいと思います。

<原理講論P173>
新しい時代の摂理は、古い時代を完全に清算した基台の上で始まるのではなく、古い時代の終末期の環境の中で芽生えて成長するのであるから、その時代に対しては、あくまでも対立的なものとして現れる。したがって、この摂理は古い時代の因習に陥っている人々には、なかなか納得ができないのである。新しい時代の摂理を担当してきた聖賢たちが、みなその時代の犠牲者となってしまった理由は、まさしくここにあったのである。

耳に痛いみ言かも知れませんが、冷静に心情で受け止めて頂けたらと思います。み言には神様とメシヤの心情か入っています。どのような心情かと言えば、「堕落人間を救いたい」という心情です。このような心情を動機としてみ言は語られているのです。即ち、み言は我々堕落人間に対する「愛」なのです。

神様とメシヤのご心情が届きますように・・・    祈り
Posted by mimune2012 at 2012年03月07日 21:31

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>何が失敗なのか?何が勝利なのか?それをハッキリさせない限り各個人の立っている位置もやるべき内容も分からないと思うからです。

何が勝利なのかを一言でお答えしますと、「一体化」です。
「絶対信仰、絶対愛、絶対服従で、神人愛一体理想を成し」と家庭盟誓にある通りです。

中山グループの人たちは、統一教会の中で様々な葛藤に出会う中で、この絶対的内容に挫折してしまった人たちだと言えます。

引用してくださったみ言にある、
「この摂理は古い時代の因習に陥っている人々には、なかなか納得ができないのである」
とある中の
「古い時代の因習に陥っている、なかなか納得ができない人々」
の中には、中山グループの人たちも入ると思います。

なぜなら、中山グループの人たちは、統一教会が神様を中心とした創造本然の世界を完成させるという斬新な摂理をしているにも関わらず、人間中心の古い時代の因習に陥っているからです。


Posted by 若枝 at 2012年03月07日 23:54

管理人様 
度々すいません。終わりにしようと思っていたのですが、最後の返信頂いたコメントが気になっていて、もう一言コメントさせて下さい。

上記家庭盟誓の「神人愛一体」とは、「神と人間との心情一体化」、つまりそれを原理では「個性完成」と言っているのではないのでしょうか。また、勝利の秘訣は「一体化」だと仰いました。
アベルとカインの正しい一体化(=長子圏復帰 み旨と世界下記参照)、つまり信仰基台と実体基台の成就、それを天聖国では「個人のサタンが分立され善の繁殖が成される」と説いています。

「選民(または洗礼ヨハネ)と新たな救い主との一体化」、つまりこれを「メシヤの為の基台」と原理では言っているのではないのでしょうか。

また神様のみ旨、地上天上天国創建には三大祝福の成就、つまり1番目の「個性完成」が成されなければ、成就しないのではないのでしょうか。逆に言えば、み旨成就には「最初の個性完成が必須条件である」と言えるのではないのでしょうか。故に、天聖国連合ではみ旨成就の為の個性完成、つまり「サタン分立→サタン根絶」にこだわるのです。

では全体目的と個体目的の関係について考えてみる時に(下記原理講論参照)、天聖国ではこの二重目的を「個性完成と地上天国」であると説いています。つまり、「個性完成の無い所に地上天国は成し得ない」という理解をしています。何故ならば、「み旨成就にはその両方が必要不可欠であり、どちらか一方だけでは成就しない」からです。

また、これは三大祝福の1番目と3番目に当たります。即ち、1番目がクリア出来れば、2番目はスムーズに成されるであろうし、2番目がスムーズに成されれば3番目は難しくありません。
つまり、「心情が神様と一体化したならば、その後の流れは問題ない」という事になります。

故に、真のお父様は、条件祝福により先に祝福2世を与えて下さり(家庭完成の為)、更には世界的な基盤を準備されておりました(地上天国完成の為)。ですので、祝福家庭4億双が完成していたならば、三大祝福は既に完成していたのです。

もし、統一教会が新しいメシヤを受け入れていたならば、「神様王権即位式」の時には、既に完成者が出ていたはずです。ですから、真のお父様は喜ぶべき祝典のはずなのに「ここに完成した者は一人もいない」と憤慨されておられたのではないのでしょうか。

(み旨と世界 P702)
日本の責任者たちは、「教会長だからアベルであり、君たちはカインだから、カインはアベルに屈服するのが原理だから従え」と先生が教えない原理の教えをしているのではありませんか? そういう原理はありません。愛の力でもって、自動的に自然に頭を下げるような、そういう使命を果たさない者はアベルではありません。アベルの立つ基盤がありません。勝利し得なかったのですから、神は認めません。それは個人的、家庭的、氏族的、民族的においても同じことです。ですから統一教会が世界的なアベルの教会であるとするならば、世界的に血を流して蕩減条件を勝利して、勝利の領収書にサインをサタンにしてもらって、そこで初めて世界的なアベルになれるのです。そのようになっています。

(原理講論 P65)
すべての存在は二重目的をもつ連体である。既に述べたように、すべての存在の中心には、性相的なものと、形状的なものとの二つがあるので、その中心が指向する目的にも、性相的なものと形状的なものとの二つがあって、それらの関係は性相と形状との関係と同じである。そして、性相的な目的は全体のためにあり、形状的な目的はそれ自体のためにあるもので、前者と後者は、原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、主体的なものと対象的なものという関係をもっている。それゆえに、全体的な目的を離れて、個体的な目的があるはずはなく、個体的な目的を保障しない全体的な目的もあるはずがない。

*長文、ありがとうございました。
Posted by mimune2012 at 2012年03月21日 02:18

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>上記家庭盟誓の「神人愛一体」とは、「神と人間との心情一体化」、つまりそれを原理では「個性完成」と言っているのではないのでしょうか。

そうですね。


>また、勝利の秘訣は「一体化」だと仰いました。
>アベルとカインの正しい一体化(=長子圏復帰 み旨と世界下記参照)、つまり信仰基台と実体基台の成就、それを天聖国では「個人のサタンが分立され善の繁殖が成される」と説いています。

「個人のサタンが分立され善の繁殖が成される」というのは実体基台の中身であり、
mimune2012さんがおっしゃるように実体基台がなされることによって個人のサタンが分立され善の繁殖が成されるのではありません。

このあたり、天聖国連合は微妙にみ言をすり替えていますね。
巧妙なサタンの罠としか言いようがありません。


>「選民(または洗礼ヨハネ)と新たな救い主との一体化」、つまりこれを「メシヤの為の基台」と原理では言っているのではないのでしょうか。

これは違うでしょうね。

「メシヤの為の基台」は、メシヤを「迎えるため」のものですから、メシヤ(新たな救い主)との一体化ではありません。
ここは原理講論で確認してください。


>また神様のみ旨、地上天上天国創建には三大祝福の成就、つまり1番目の「個性完成」が成されなければ、成就しないのではないのでしょうか。
>逆に言えば、み旨成就には「最初の個性完成が必須条件である」と言えるのではないのでしょうか。
>故に、天聖国連合ではみ旨成就の為の個性完成、つまり「サタン分立→サタン根絶」にこだわるのです。

上述のように、個性完成とは、神と人間との心情一体化を言いますので、サタン分立とは本質的に違います。



Posted by 若枝 at 2012年03月21日 09:13
 こんにちは。実は私元中山G講師です。
 mimune2012さんは残念ですが原理の基本が御分かりになっていないです。
一生懸命なのは認めますが。
恐らく若枝さんの仰っている指摘も理解されていないのでしょう。誰かに言われたことをそのまま書いているだけですからね。

 いまだから彼らの言葉を借りていいますけれど、中山Gの心霊は万物以下です。
基本中の基本が間違いです。サタンの教育に自ら染まっているのです。

 私は1.13までに彼らが帰って来いないだろうかとは思いますけれども。
それでも今一度お父様の前にどのように連結せしめることが出来るのか。

非常に心配なのです。
Posted by 名倉幸 at 2012年03月21日 15:23
名倉 様 コメントありがとうございます。

ご指摘の通り、天聖国連合も順風満帆で来た訳ではありません。
つまり、下がったり上がったりの摂理を何度かしていますので、確かに万物以下の位置にいた時期もあると思います。しかし、中心宗教としての摂理は全て勝利し、神様の救いの摂理は全て終了しています。

また、ご存じのように100%のみ言を知って堕落をしたならば、100%の堕落となります。つまり、信仰をしなかった方が良かったという結果となってしまいます。私が心配なのは統一食口よりもむしろ天聖国を離れて行った方達です。なぜその様になったかは既に解明されており、それは「肉情一体化から色情一体化へと進みその結果、中心批判をするようになります。」中心批判をしたら最後、「神様の救いはいらない」と言った事になります。
つまり、サタンの働ける大きな条件と基台を作った事になります。

天聖国連合食口をご心配下さり、ありがとうございます。もし、本当にご心配なのであれば伝道してあげて下さい。伝道こそが神様の願いであり、真の愛だからです。いずれにしても今年から来年にかけて結果が出てくると思いますので、双方を客観的に見て行かれたら良いと思います。
Posted by mimune2012 at 2012年03月21日 16:22
管理人 様
コメントありがとうございます。

下記内容ですが、神との心情一体化をする為には、自分の心情のサタン的部分を0%にしなければ神様の心情100%にできなのではないのでしょうか。つまり自分の心情のサタン的部分を分立し根絶しなければ一体化はありえなのではないのでしょうか?
天聖国で言うサタン分立とは主に「心情のサタン分立」を指しているのです。

上述のように、個性完成とは、神と人間との心情一体化を言いますので、サタン分立とは本質的に違います。
Posted by mimune2012 at 2012年03月21日 16:33

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>神との心情一体化をする為には、自分の心情のサタン的部分を0%にしなければ神様の心情100%にできなのではないのでしょうか。
>つまり自分の心情のサタン的部分を分立し根絶しなければ一体化はありえなのではないのでしょうか?

おっしゃるとおりです。
と言いますか、文章が少々おかしいので、こちらで修正させていただいて、

>神との心情一体化をする為には、自分の心情のサタン的部分を0%にしなければ神様の心情100%にできないのではないでしょうか。
>つまり自分の心情のサタン的部分を分立し根絶しなければ一体化はありえないのではないでしょうか?

ということですよね。

おっしゃるとおりです。

では、自分の心情のサタン的部分を0%にするためにはどうしたらよいと思われますか?


Posted by 若枝 at 2012年03月21日 21:07
mimune2012さんへ
ここは若枝さまの板ですので少しだけ。

>中心批判をしたら最後、「神様の救いはいらない」と言った事になります。
つまり、サタンの働ける大きな条件と基台を作った事になります。


そう言って恐怖心を煽って、あなた方内部に一度も万物以上に心情が上がった事が無い中山さんが、皆様の心情を引き摺り下ろしているのですよ。

私はあなた方との距離を置きましたが、それによって堕落していません。また私は神様と共にあります。従ってサタンも私の中に居ないので、サタンを追い出すと言いつつ心情を引き降ろす、中山さんの教えも要りません。

>伝道こそが神様の願いであり、真の愛だからです。

 違うと思いますが、会えて話に乗りましょう。
 私があなた方の拠点へ伝道に伺いますので、拠点を教えて下さい。旅費交通、時間等の都合があるので、東京の拠点でお願いします。
mimune2012さんの活動拠点は東京でしょうか?
 教えて頂ければ、こちらから伺わせて頂きます。
 また話し合いの様子をyoutubeで公開しませんか?
 あなた方の矛盾を突き、真の愛の理論で完全に打ち砕いて差し上げましょう。
中山さんも東京へ来る事があるようなので、その時、会ってあげても良いですね。

youtube公開が条件です。
イヤなら逃げても隠れても良いですよ?
もう時ですから、いい加減に中山Gが潰れるか消滅するか公開でやろうじゃありませんか?
Posted by 名倉幸 at 2012年03月21日 22:41
誤字を見つけましたが訂正が出来ません。
失礼を致しました。
Posted by 名倉幸 at 2012年03月21日 22:47
名倉さん 
コメントありがとうございます。

下記のようなコメントを頂きましたが、その言葉を発する動機は正しいアベルカインであるとは言い難いものがあります。その心情を天聖国ではサタンの心情と言っているのです。

・あなた方の矛盾を突き、真の愛の理論で完全に打ち砕いて差し上げましょう。
・もう時ですから、いい加減に中山Gが潰れるか消滅するか公開でやろうじゃありませんか?

そのサタンの心情の人との授受作用、つまり相対したならば(相対しないような訓練はしていますが)私にもサタンが入ってしまいますのでご遠慮申し上げます。(まだ完成していませんので、相対してしまう危険性があります)

一度は天聖国で講師をなさったのであれば、正しいアベルの心情についてはご理解しているはずです。ご自身がヤコブの心情に転換されるような悔い改めをして、尚かつ、伝えたい内容があるようでしたら、当方の下記掲示板まで起こし下さい。
争う事では何の進展も解決にもなりません。

http://mimune2012.bbs.fc2.com/


Posted by mimune2012 at 2012年03月21日 23:56
mimune2012さんへ

怖がって逃げましたか。・・・やっぱりですね。
残念です。

私たちは完全投入の例の文言を胸に、歩ませんでしたか??
【冒険的、挑戦的生活が必要】とか【故に自己の限界に挑戦せよ】と言って歩む中で、自己の限界を超えてお父様と出会って行ったのではありませんか?

前回のカキコミは私にとっては挑戦でした。
mimune2012さんが公開に同意されれば、また神様もそこで注目されたでしょう。
これは私にとっての冒険的挑戦的生活です。
それであなたは自分の陣地へ誘い込むやり方です。
これはお父様の作戦で、このことであなた方の卑怯な所をあからさまに出来ました。

 中山Gのすべての方に言いましょう。
自分の理解の中で神様を作っていては、何も成長がありません。
もしあなた方の聖霊が本物で人間を完成し神に導くものならば、このような逃げる姿を見せやしないのではありませんか?
ただ聖霊に満たされたものは、神の正義を証すときには。雄雄しく強く内なる昂りのまま言葉を語るでしょう。
そこにサタンと何の関わりがあろうか?
それがわからない故にあなた方は偽者なのです。

…。
魂が暗いので、明るい所、熱い所を嫌うのです。
そのようなものをも、どのようにして今一度明るい所へ返して行こうか。深刻のです。
Posted by 名倉幸 at 2012年03月22日 01:19
名倉さんへ

頑張って下さい。
Posted by mimune2012 at 2012年03月22日 19:44
管理人様
なんか身内的な会話になってしまいまして、申し訳ありません。
また、修正して頂きまして、ありがとうございます。
早速、下記の質問事項についてお答えしていきたいと思います。
ご理解頂けると良いのですが・・・。

>では、自分の心情のサタン的部分を0%にするためにはどうしたらよいと思われますか?

まず最初に、「自分の心情のサタン的部分を0%にする」という事は心情のサタン分立をしていきながら、最終的には根絶するという事になります。この心情のサタン分立を分かりやすい言葉で言えば、「悔い改め」という事になります。この「悔い改め」を辞書でひいてみると、「過去の過ちを反省して心がけを変える。」とあります。つまり、自分のサタン的な心情を神側の心情に転換するという事になります。

では具体的に心情転換する為には、自分の過ち(サタン的思い)に気づかなければなりません。その過ちに気づく為には、色々な方法があるとはおもいますが、効果的なのは次の2つの方法ではないかと思います。

1番目は「み言の探求」によるサタンの発見があると思います。
この探求には2段階あると思います。1段階目は「知識として知る事」、2段階目は「み言を知恵とする事」、この知恵を辞書でひいてみると、「物事の道理を判断し処理していく心の働き。」とあります。このみ言を知恵(自分の物)とする事で、自分の心情の(善悪の)チェックが出来るようになります。

例えば、仕事の新人は一つ目の基本を教えて貰って暫くは、その基本の状況に合っている場合にのみ正しい対応が出来ますが、基本と違う状況になったならば、自分では正しい対応が出来ない人の方が多いと思います。しかし、段々と経験を積むうちにある時、「なる程、そういうことか」と気づく時が来ます。つまり、その仕事の道理が分かった瞬間です。道理が分かった人はいくらでも応用が出来、臨機応変な対応が可能となるのです。全般的にそのような力を身につけた人を「一人前」と評するのではないのでしょうか。ですから、私達もみ言の一人前になる必要があります。
この事を「悟り」という事もできます。

具体的に解説してみますと、例えば、新人が上司に叱られる度に、「この人は自分の損得だけを考えて、自分の立場を全然考えてくれていない」と不満の思いを持っていたとします。そして10年の時が過ぎ、その新人も部下を持つようになっていました。有る時、「心情蹂躙をしてはいけない」というみ言を聞きました(知的に知る)。その内容は相手を一方的に傷つける事だと知りました。そして、それは良くない事だと心底思いました(心情で納得)。何故なら、自分が新人の時にされていたからです。そう思ったその人は、昔の事を思い出しつつ、今の上司の立場にある自分を顧みてみました。するとどうでしょう。自分は過去のその上司に相通ずる言動をしている事に気づきました。つまり心情蹂躙された自分が、心情蹂躙する側になっていた、という事に気づいたのです。その事に気づいたその人は、自分の言動を反省し、それ以降の言動には留意する事になるでしょう。(心情の変化→行動の変化)

色々なパターンがあるとは思いますが、これが、み言に心情を照らし合わせる事による心情転換の一例です。

この1番目の「み言の探求」で何が言いたかったかと言えば、み言を知識として知っている段階では日常生活(信仰生活)において実用できる段階ではなく、心情で納得して知恵としなければ、日常生活において実用は難しいという事です。つまり、み言の実体化が難しいという事です。

そして、我々が心情のサタンを分立する為には、まず、サタンの心情とは具体的にどのような心情をさすのか(一般的には、恨み、憎しみ、傲慢、嫉妬、名誉欲、地位欲、財欲他、多数)。を知らなければなりません。真のお父様は神様を教える事で、「神様を知って、サタンを知りなさい」という方法をとられたと思っていますが、龍華様の場合は具体的に、サタンの心情を「学歴等で差別する心、必要以上に奪おうとする心、自分は立派だろうと思う心で講義する事、自分がみ言を伝えて相手を救ってやろうと思う心等」、一段掘り下げて詳しく教えて下さいます。

このように、サタンと心情一体化している我々には見つける事の出来ない心の奥底のサタンを見つけ出し教えて下さいます。ですから、私達は聖書、原理、真理等のみ言と自分の心情を照らし合わせて、自分の心情の中のサタンを見つけ出し、心情転換を成さなければなりません。

神様は、ただ、与えるのみ、許すのみ、尽くすのみ、水のように何処までも低くなるお方、また、神様は愛であり、光であり、生命であり、み言です。そして、神様のご心情は喜びと感謝のみですと、我々に説いて下さいます。

上記の内容を図解してみますと

み言の知的学び→心情的学び→悔い改め(心情転換=サタン分立)→神様の心情復帰 となります。

長くなりそうですので、ここで一旦切ります。出来ましたら、コメントは次回の投稿をお読みになってから頂ければと思います。


2番目は、「悔い改め」の状況を強制的に作る方法です。

Posted by mimune2012 at 2012年03月23日 00:58

次の投稿がないようですので、コメントさせていただきます。

「自分の心情のサタン的部分を0%にするためにはどうしたらよいと思われますか?」

という問いに対して、

原理講論にはどう書いてありますか?


Posted by 若枝 at 2012年03月23日 21:21

原理講論には、後編の一番最初の緒論に、

「復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである。

前編で既に論証したように、人間は長成期の完成級において堕落し、サタンの主管下におかれるようになってしまった。

したがって、このような人間を復帰するためには、まず、サタンを分立する摂理をなさらなくてはならないのである。」

として、サタンを分立する摂理についての説明がされています。

この中に、

「復帰摂理は、創造目的を再び成就するための再創造の摂理であるから、どこまでも原理によって摂理されなければならない。それゆえに、これを復帰原理というのである。」

とありますように、サタン分立は原理的にしなければ出来ません。

mimune2012さんのご投稿内容のお気持ちはよくわかるのですが、
自分で自分の中からサタンを分立することは出来ません。
あくまでも原理的にしなければ出来ず、それを説明してくれているのが原理講論です。

mimune2012さんのおっしゃっている天聖国連合の教えは人間的です。これだけではサタン分立は出来ません。
また原理からそれて人間中心主義に陥ってしまっています。


Posted by 若枝 at 2012年03月24日 08:52
管理人様
昨日は仕事で帰りが遅くなり、投稿出来ずに申し訳ありませんでした。また、コメント頂きまして、ありがとうございます。

>サタン分立は原理的にしなければ出来ません。

上記コメントの「原理的」とは「信仰基台と実体基台」を指している事と思いますが、現時点では解釈の相違の溝を埋める事が出来ず、平行線のままとなっています。(説明が上手く出来ず申し訳ありません)

前回の投稿内容で何を伝えたかったと言えば、下記原理講論の内容です。

<原理講論P216>
第二節 復 活 摂 理
(一)復活摂理はいかになされるか
創造原理によれば、神の責任分担として創造された人間は、それ自身の責任分担として神から与えられたみ言を信じ実践するとき、初めて完成されるように創造されたのである。それゆえに、復活摂理をなさるに当たっても、神の責任分担としての摂理のためのみ言がなければならないし、また、堕落人間がそれ自身の責任分担として、み言を信じ、実践して初めてそのみ旨が成し遂げられるようになっている。

<原理講論P342>
第1節  サタン屈服の典型的路程
(1) イエスの典型路程としてヤコブ路程とモーセ路程とを立てられてた理由
復帰摂理の目的は、究極的には人間自身がその責任分担として、サタンを自然屈服させ、それを主管し得るようになることによって成就されるのである。イエスが、人間祖先として、メシヤの使命を負うてこられたのも、サタン屈服の最終的路程を開拓し、すべての信徒たちをその路程に従わせることによって、サタンを自然屈服させるためである。

さて、以前ご説明しました二重目的と同様に、サタン分立にも「内的サタン分立と外的サタン分立」があると考えています。
内的サタン分立は、個体目的における心情のサタン分立、外的サタン分立は全体目的における中心宗教によるサタン分立。

復帰摂理について考えてみた時に、個人的なサタン分立には限界があります。堕落しなかった位置に完全に戻る為には、最終的には神様とメシヤによって原罪を脱いで貰わなければ、堕落以前の位置に帰る事ができません。

ですから、私が今回説明している内容は個人で出来る心情のサタン分立の内容です。この内容は原理講論の下記一節の内容だと個人的には考えています。

<原理講論P338>
「信仰生活は、自身を供え物の立場に立てておいて、善と悪に分立させ、神が喜ばれるいけにえの供え物としてささげる生活である。ゆえに、我々が常に、神のみ旨を中心として、自身を善と悪に分立させないときには、そこにサタンの侵入できる条件が成立するのである。」

所で、管理人様が「心情転換が、個人における心情のサタン分立では無い」とのご意見ですが、私にはそれ以外で納得のいく答えを持ち合わせておりません。では、自分の心情のサタン的部分を0%にするためにはどうしたらよいと考えておられますか?

>天聖国連合の教えは人間的です

このようなご指摘を何度か頂きましたが、具体的にどのような事を指して仰ったのでしょうか。




Posted by mimune2012 at 2012年03月24日 21:34

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>所で、管理人様が「心情転換が、個人における心情のサタン分立では無い」とのご意見ですが、私にはそれ以外で納得のいく答えを持ち合わせておりません。
>では、自分の心情のサタン的部分を0%にするためにはどうしたらよいと考えておられますか?

>このようなご指摘を何度か頂きましたが、具体的にどのような事を指して仰ったのでしょうか。

これにお答えする前に、2つ確認したいことがあるのですが、

まず、mimune2012さんのおっしゃっている「心情のサタン分立」の「サタン」というのは、
「自分の思い」のことなのか、それとも、自分とは別に存在する霊的存在のことなのか、
どちらですか?


それと、もう一つの質問ですが、

>前回の投稿内容で何を伝えたかったと言えば、下記原理講論の内容です。
><原理講論P216>
>第二節 復 活 摂 理
>(一)復活摂理はいかになされるか
>創造原理によれば、神の責任分担として創造された人間は、それ自身の責任分担として神から与えられたみ言を信じ実践するとき、初めて完成されるように創造されたのである。それゆえに、復活摂理をなさるに当たっても、神の責任分担としての摂理のためのみ言がなければならないし、また、堕落人間がそれ自身の責任分担として、み言を信じ、実践して初めてそのみ旨が成し遂げられるようになっている。

とのことですが、

上記の中に書いてある「神から与えられたみ言」について、原理講論には、その後に明確に書かれています。

これについて、どのように認識されていますか?


Posted by 若枝 at 2012年03月24日 23:37
管理人様
ご返信頂きまして、ありがとうございます。
それでは、質問にお答えします。

>「心情のサタン分立」の「サタン」というのは、「自分の思い」のことなのか、それとも、自分とは別に存在する霊的存在のことなのか、どちらですか?

堕落する事によってサタンとの心情一体化が成されましたので、神様についてはみ言を通して再認識する努力が必要となりました。
100%とは言わないまでも、「サタンと心情一体化している私の思いそのものがサタンの心情である」という捉え方をした方が良いと考えています。もし、我々が神様と心情一体化したならば、わざわざ神様について学ぶ必要はありません。すでに一体となっているわけですから・・・。

>「神から与えられたみ言」について、原理講論には、その後に明確に書かれています。これについて、どのように認識されていますか?

その後、というのはどの部分の事でしょうか?
掲載したみ言の後半の部分でしょうか、それとも(1)復活摂理はいかになされるか、の後半の部分でしょうか、もしくは、(二)地上人に対する復活摂理以降の内容でしょうか?



Posted by mimune2012 at 2012年03月25日 15:33

mimune2012さん、ご回答ありがとうございます。

>「サタンと心情一体化している私の思いそのものがサタンの心情である」

そうですか。
「自分の思い」を問題にしているわけですね。

それでは、最初から、統一原理で言っている内容に手が届いていません。
統一原理と、問題にしているものがまったく違います。

統一原理では、我々人間とは別の存在でアダムとエバを堕落させた霊的存在を問題にしています。

「自分の思い」を問題にするだけでは、本屋さんに並んでいるハウツー本と変わりありません。
「人間的」とはそういう意味です。


>その後、というのはどの部分の事でしょうか?
>掲載したみ言の後半の部分でしょうか、

質問の意味がよく伝わらなかったようですので、
もう一度質問させていただきます。

「神から与えられたみ言」の「出所」について、原理講論には、その後に明確に書かれています。これについて、どのように認識されていますか?


Posted by 若枝 at 2012年03月25日 16:24
管理人様
返信ありがとうございます。

>統一原理では、我々人間とは別の存在でアダムとエバを堕落させた霊的存在を問題にしています。

私はUC在籍時に、「我々が個性完成したならば、真のお父様と同じ位置に立ち、そうなったら、み言もメシヤも宗教も必要なくなる。」そう教わりました。今もそう思います。

神様と我々は別々の存在です。アダムとエバの堕落以前の立場は、四大心情圏の成長途中であり、心情は神様と同類の心情を持っていたと思います。その後、み言を受けながら四大心情圏を完成した曉には個性完成者となり、神様と心情一体化した存在となります。

我々は自由と創造を与えられた、個性真理体です。
選択の自由も表現の自由も与えられていますので、そういう面での相違点はありますが、完成したならば「善の基準や神様の願いや喜びの認識」等に相違点は無くなると思います。そのような状態の人間の心情を、神様と自分の心情とに分ける事が出来るでしょうか。もし、分ける事ができるとするならば一体化しているとは言えません。「一体化とは別々の存在が一つの者の如く存在している様相」を指していると思います。

しかし、堕落した人類はその真逆の立場に立ちました。つまりはサタンとの心情一体化した存在。それは、サタン(アダムとエバを堕落させた霊的存在)と自分の心情が分ける事の出来ない同化した存在となってしまった、という事です。

ですので、個体目的である個性完成をするには、「四大心情圏の完成、神様との心情一体化、神様を中心とした心と体の合性一体化」をする必要があります。即ち、「心情の問題」を抜きにしてこの目的は成就できないものと考えます。

>「神から与えられたみ言」の「出所」について、原理講論には、その後に明確に書かれています。これについて、どのように認識されていますか?

申し訳ありません。やはりどのような主旨なのかが分かりません。
取り敢えず、「神から与えられたみ言」についての認識を述べてみたいと思います。

み言はそもそも人類始祖が堕落をしなければ復帰する必要のないものでした。堕落した人類を救う目的で神様がメシヤを通して与えて下さったものです。その主旨は、「堕落人間を救う方法を教えると共に、神様を再び知る為」です。

これは、神の責任分担において与えられたみ言、つまり、聖書と原理は「神の責任分担のみ言」です。ですので、神様から見たならば100%のみ言ですが、み旨全体からみたら95%のみ言です。つまり、神様は人間の責任分担については触れる事が出来ません。

ですから、神様の代身であるメシヤも神の責任分担の範疇でしかみ言を語る事ができません。つまり、人間の責任分担の範疇である個性完成に関わる事は教える事ができません。その個性完成を成すにはサタン分立が必須条件となります。故に、サタン分立、根絶の内容は具体的に詳しく教える事が出来ず、遠回しな表現しか出来ないと思っています。

余談ですが、先の二重目的同様、メシヤは全体目的のサタン分立はして下さいますが、個体目的のサタン分立まではして下さいません。というより原理的に出来ません。この内容は、人間の責任分担において、人間自身で成さなければならない内容だからです。




Posted by mimune2012 at 2012年03月25日 21:04

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>ですので、個体目的である個性完成をするには、「四大心情圏の完成、神様との心情一体化、神様を中心とした心と体の合性一体化」をする必要があります。即ち、「心情の問題」を抜きにしてこの目的は成就できないものと考えます。

原理講論には何と書いてあるかといいますと、

「復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである。

前編で既に論証したように、人間は長成期の完成級において堕落し、サタンの主管下におかれるようになってしまった。

したがって、このような人間を復帰するためには、まず、サタンを分立する摂理をなさらなくてはならないのである。

しかし、既にキリスト論において詳しく論じたように、堕落人間がサタンを分立して、堕落以前の本然の人間として復帰するには、原罪を取り除かなければならない。

ところで、この原罪は、人間が、その真の父母として来られるメシヤによって重生されるのでなければ、取り除くことはできないのである。

それゆえに、堕落した人間はサタン分立の路程を通して、アダムとエバが成長した基準、すなわち、長成期の完成級まで復帰した型を備えた基台の上でメシヤを迎え、重生することによって、アダムとエバの堕落以前の立場を復帰したのち、メシヤに従って更に成長し、そこで初めて創造目的を完成することができるのである。

このように復帰摂理は、創造目的を再び成就するための再創造の摂理であるから、どこまでも原理によって摂理されなければならない。」

(原理講論 緒論)

とあります。

根本的に、mimune2012さんがおっしゃるような「心情の問題」ではありません。


>>「神から与えられたみ言」の「出所」について、原理講論には、その後に明確に書かれています。これについて、どのように認識されていますか?

>申し訳ありません。やはりどのような主旨なのかが分かりません。

ということは、mimune2012さんは「神から与えられたみ言」がいかなるものなのか、原理講論から読み取っていない、ということですね。


原理講論には以下のように書かれています。

第五章 復活論 第二節 復活摂理 (二)地上人に対する復活摂理

(2) 蘇生復活摂理
「蘇生復活摂理は、神がこの時代の摂理のために下さった旧約のみ言を人間が信じて実践することによって、その責任分担を成し遂げ、義を立てるように摂理されてきたのである。」

(3) 長成復活摂理
「長成復活摂理は、神がこの時代の摂理のために下さった新約のみ言を、人間が信じることによって、その責任分担を完成し、義を立てるように摂理された。」

(4) 完成復活摂理
「再臨されるイエスによって、霊肉共に復活して復活摂理を完成する時代を完成復活摂理時代と称する。
この時代におけるすべての地上人は、完成復活摂理による時代的な恵沢を受けることができる。

再臨主は、旧約と新約のみ言を完成するための、新しいみ言をもってこられる方である(前編第三章第五節(一))。

ゆえに、完成復活摂理は、新旧約を完成するために下さる新しいみ言(これは、成約のみ言であるというのが妥当であろう)を、人間たちが信じ、直接、主に侍ってその責任分担を完遂し、義を立てるように摂理なさるのである。それゆえに、この時代を侍義時代ともいう。

この時代における人間は再臨主を信じ侍って、霊肉共に完全に復活され、その霊人体は生霊体級を完成するようになる。

このように地上で生霊体を完成した人間が生活する所を地上天国という。そして、地上天国で生活して完成した人間が肉身を脱げば、生霊体の霊人として、生霊体級の霊界である天上天国に行って生きるようになるのである。」


すなわち、「神から与えられたみ言」とは、
旧約のみ言、新約のみ言、再臨主がもってこられる成約のみ言、のことです。

人間が個性完成するためには、再臨主がもってこられる成約のみ言で十分です。


>神様の代身であるメシヤも神の責任分担の範疇でしかみ言を語る事ができません。つまり、人間の責任分担の範疇である個性完成に関わる事は教える事ができません。

そんなことはありません。
成約のみ言の中に、個性完成に関わる事はすべて書いてあります。

mimune2012さんは、まだ成約のみ言に書いてある内容を十分に理解出来ていないで、そんなことを言っています。


>その個性完成を成すにはサタン分立が必須条件となります。

mimune2012さんのおっしゃっているサタン分立というのは自分の心の問題を指していることが分かりましたので、
これはもう議論の必要はありません。


Posted by 若枝 at 2012年03月25日 22:40
管理人様

今まで色々とありがとうございました。
天聖国連合のみ旨が「心情のサタン分立」である事をご理解頂けたようですね。
良かったです。この部分が人間の責任分担による悟りの部分であり、統一教会と天聖国連合のみ旨(摂理観)の大きな相違点です。
皆様が堕落性を脱いで、共に天国人になれると良いですね!   感謝!!
Posted by mimune2012 at 2012年03月25日 23:45

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございました。

mimune2012さんのご投稿のおかげで、天聖国連合の考えを記録しておくことが出来ました。


>皆様が堕落性を脱いで、共に天国人になれると良いですね!

原理講論に、堕落性を脱ぐためにすべきことが書かれていますよ。

それは、
「原理講論 後編第一章 復帰基台摂理時代 第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂理 (二)実体基台」 
に書いてあります。


ところで、mimune2012さんは、人類が神様の直接主管圏時代にもう入ったことをご存知ですか?

本体論教育というものを私たちは今受けていますが、
この内容は神様が堕落しなかったアダムとエバに教えたかった内容で、蕩減時代には語ることが出来なかった内容です。


天聖国連合、すなわち、中山グループが、出現し、怪文書を全国に送ったのが1999年2月8日だったとのことですが、

サタン(天使長ルーシェル)が自然屈服したのが1999年3月21日であり、
その後、神様がこの世の王権を取り戻され(神様王権即位式)、
そして、人類はすでに、神様の直接主管圏時代を迎えました。


このことを考えますと、天聖国連合は、これまでこの世の君として君臨してきたサタンが、最後の発悪として、み言を十分理解できていない人たちをねらって食い下がり「心情のサタン分立」という蕩減時代圏のかなり古い考え方に引き止めてしまった現象だと思います。

神様と心情一体化するには真の父母様が教えてくださる神様の心情を無心に学ぶことですが、

天聖国連合の考えではいつまでも自分を見つめることを教えています。
これでは、何千年たっても個性完成することは出来ません。

しかし、そんな、堕落性のある自分をいくら見つめていても個性完成できないことくらいは、何百年も前からキリスト教のみならず仏教でも教えていることなんですけれども。


Posted by 若枝 at 2012年03月26日 09:58
管理人様
更なるコメント、ありがとうございます。

>人類が神様の直接主管圏時代にもう入ったことをご存知ですか?

承知いたしております。蕩減時代は既に終了しました。今後はメシヤを受け入れただけで神様が入られます。問題なのは過去中心宗教を歩んで、その使命を果たせなかった者の存在です(天聖国連合含む)。み言を知りながらその使命を果たせなかった者はサタンからの讒訴を受けます。ですから、その讒訴条件をクリア出来なければ、新しい時代圏に立つ事が出来ません。

ユダヤ民族もクリスチャンもUCも中心宗教としての実体基台がまだ残っていますので、今後新しい時代圏以後、神の子となった方達と方を並べる事はできません。

>サタン(天使長ルーシェル)が自然屈服したのが1999年3月21日であり、

管理人様が語られるサタン分立の概念は、神の責任分担である全体目的における外的サタン分立の概念であり、私がお伝えしようとしているのは、人間の責任分担の個体目的である内的サタン分立の内容です。これは致し方の無い事で、原理も再臨主も神の責任分担ですので、外的摂理しか出来ません。よって、み言の探求と実践により、「人間の責任分担とは何なのか」を悟って行かなければなりません。何故なら、その事についてメシヤは教えて下さらないからです。原理はカインの信仰の立て方は詳しく教えていますが、アベルの信仰の立て方は詳しく教えてはくれません。これは、人間自ら悟っていかなけれなならない内容だからです。

み旨成就には、神の責任分担と人間の責任分担が必要であり、神の責任分担のみでは成就致しません。本来は一つの組織が両方成すべき内容ですが、失敗により別の組織が立てられ、繰り返されているだけです。今後神様に繋がる方達に取っては関係の無い内容です。私達のような蕩減時代を歩んだ苦労は必要ありません。

>堕落性のある自分をいくら見つめていても個性完成できないことくらいは、何百年も前からキリスト教のみならず仏教でも教えていることなんですけれども。

蓋がある限り完成は出来ません。また、神の責任分担のみで完成出来るという原理もないと思います。お父様がなさる摂理は、神の責任分担の全体目的の外的摂理であり、人間の責任分担の個体目的である内的摂理には干渉できません。これは、メシヤが教える事ではなく、堕落人間自らが悟らなければならない内容です。

過去の中心宗教の洗礼ヨハネの位置に立った方達の実体基台の失敗により、摂理の延長がなされているのです。
その失敗とは「自分の使命を悟る事が出来なかった」事です。つまり、「受け入れがたい者を受け入れるという、心情の勝利が出来なかった」からに、他なりません。
Posted by mimune2012 at 2012年03月26日 23:29

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>み言の探求と実践により、「人間の責任分担とは何なのか」を悟って行かなければなりません。何故なら、その事についてメシヤは教えて下さらないからです。

メシヤ(再臨主)は教えてくださっています。
ただ、ちゃんとみ言に書いてあるのに、それに気がつかない人がいるだけです。

天聖国連合も、それに気がつくことが出来ず、出鱈目を言って、本来の人間の責任分担から離れてしまっています。

mimune2012さんには分からないかもしれませんが、私にははっきりと分かります。

Posted by 若枝 at 2012年03月26日 23:59
管理人様
コメントありがとうございます。

>天聖国連合も、本来の人間の責任分担から離れてしまっています。私にははっきりと分かります。

との事ですが、「本来の人間の責任分担」についてはどのような認識をお持ちですか?

Posted by mimune2012 at 2012年03月27日 00:10

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>「本来の人間の責任分担」についてはどのような認識をお持ちですか?

一言で言えば、「四位基台を完成させること」なのですが、これで通じますか?

もし通じなければ勉強不足です。

そして、もしこれで通じるならば、これが大原則ですから、すべてをこの基準に合わせてください。でなければ人間の責任分担を完遂することは出来ません。


Posted by 若枝 at 2012年03月27日 02:30
管理人様
ご返信頂き、ありがとうございます。

>一言で言えば、「四位基台を完成させること」なのですが、これで通じますか?

という事は、管理人様は「四位基台を完成させることが人間の責任分担である」という認識という訳ですね。

当たっているようで当たっていないと思います。四位基台には外的四位基台と内的四位基台とがありますが、そのような認識はお持ちですか?

また、「四位基台の完成」は人間の責任分担と言うよりも、み旨の完成基準だと思いますが・・・。
即ち、この内容は、神の責任分担と人間の責任分担を合わせ、それぞれのみ旨が成就した状態であると思います。

全体目的の四位基台の完成が外的地上天国であり、個体目的の四位基台の完成が個性完成、即ち内的天国の完成です。

ですので、厳密に言えば個性完成だけの内容とは言い難いと思います。
Posted by mimune2012 at 2012年03月27日 21:37

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>四位基台には外的四位基台と内的四位基台とがありますが、そのような認識はお持ちですか?

統一思想要綱(頭翼思想) 第三章 本性論には以下のようにあります。

「本心に従って生きるということは原相の内的四位基台に似ることであり、互いに調和を成すということは原相の外的四位基台に似ることである。夫婦がそれぞれ完全に原相の姿に似て人格者として成熟したのち、創造目的を中心として互いに愛を授け受ける授受作用を行うようになれば、神の愛がそこに臨在するようになる。家庭は夫婦の横的愛と神の縦的愛が合致するところであるからである。そのように神の愛を中心として完成した家庭が集まって社会を成し、さらに進んで国家、世界をこの地上に立てるようになれば、それがまさに地上天国であり、神の創造理想を完成した世界となるのである。」

ここに書いてある外的四位基台と内的四位基台はmimune2012さんの考えていらっしゃる外的四位基台と内的四位基台と一致していますか?


>ですので、厳密に言えば個性完成だけの内容とは言い難いと思います。

mimune2012さんは個性完成だけが人間の責任分担だと考えていらっしゃるのですか?

原理講論の第一章 創造原理 第三節 創造目的には、

「神の第一祝福は個性を完成することにある。人間が個性を完成しようとすれば、神の二性性相の対象として分立された心と体とが、授受作用によって、合性一体化して、それ自体において、神を中心として個体的な四位基台をつくらなければならない。」

「神の第二祝福を成就するためには、神の二性性相が各々個性を完成した実体対象として分立されたアダムとエバが夫婦となり、合性一体化して子女を生み殖やし、神を中心として家庭的な四位基台をつくらなければならないのである。・・・

したがって、人間が神の第二祝福を完成すれば、それもまた神の喜びのための善の対象となるのである。」

「人間がこのような神の第三祝福を完成すれば、それも神の喜びのための、また一つの善の対象となるのである。

このように神の創造目的が完成されたならば、罪の影さえも見えない理想世界が地上に実現されたはずであって、このような世界を称して、我々は地上天国という。」

と書いてあります。

すなわち、第一祝福である個性完成のみならず、第二、第三祝福も人間の責任分担です。

そして、その完成こそが地上天国の完成です。

mimune2012さんはみ言を間違えて読んでいませんか?

Posted by 若枝 at 2012年03月27日 23:51
管理人様
ご返信頂きまして、ありがとうございます。

>ここに書いてある外的四位基台と内的四位基台はmimune2012さんの考えていらっしゃる外的四位基台と内的四位基台と一致していますか?

上記質問の外的四位基台と内的四位基台は前回ご説明した外的地上天国と内的天国の完成のことを言っております。
また、お父様のみ言以外は、あまり参考にしない方が宜しいかと思います。何故ならば、完成以前に執筆された物は悟り違いが含まれている可能性が高いからです。

>mimune2012さんは個性完成だけが人間の責任分担だと考えていらっしゃるのですか?

み旨全体からすれば、「堕落人間を救う為のみ言を与える事が神の責任分担で、そのみ言を受け入れ地上天国を創建するのが人間の責任分担である」という認識をしています。

第一祝福においての神の責任分担は、神の責任分担においてみ言を与える事で、人間の責任分担はそのみ言を自分のものとし、心が体を主管しうる状態にする事です。

第二祝福においては、真の子女を立たせる為の真の父母のみ言を与え協助するのが神の責任分担で、そのみ言と協助をうけて個性完成をし、アダム家庭の家庭的四位基台の完成と、善の繁殖をする事が真の子女の責任分担だと考えています。

>すなわち、第一祝福である個性完成のみならず、第二、第三祝福も人間の責任分担です。そして、その完成こそが地上天国の完成です。

と言う事は、「人間の責任分担において個性完成者が現れない限り、地上天国は出来ない」という事ですよね?
また、人間の責任分担による家庭完成・・・・。

ところで、私の主張はさておき、管理人様の仰る「三大祝福の各内容が人間の責任分担である」とのご意見ですが、では、どのようにして第一祝福、第二祝福の四位基台が完成できるとお考えですか?
Posted by mimune2012 at 2012年03月28日 19:44

mimune2012さん、ご投稿ありがとうございます。

>上記質問の外的四位基台と内的四位基台は前回ご説明した外的地上天国と内的天国の完成のことを言っております。

ということはお父様のみ言とはまるっきり違った意味なわけですね。


>また、お父様のみ言以外は、あまり参考にしない方が宜しいかと思います。何故ならば、完成以前に執筆された物は悟り違いが含まれている可能性が高いからです。

お父様のみ言以外を参考にしているのはmimune2012さんのほうなのですが、
それは分からないのですか?

もしそれが分からないようであれば、正しい対話を望むことが出来ませんので、今後の投稿は拒否させていただきますが、どうでしょうか。

mimune2012さんのおっしゃっていることがお父様のみ言とまるっきり違っていることは、これまで論証してきたことで十分にわかると思いますので。



>ところで、私の主張はさておき、管理人様の仰る「三大祝福の各内容が人間の責任分担である」とのご意見ですが、では、どのようにして第一祝福、第二祝福の四位基台が完成できるとお考えですか?

これに明確にお答えするために、比較のため、
mimune2012さんが
「第一祝福においての神の責任分担は、神の責任分担においてみ言を与える事で、人間の責任分担はそのみ言を自分のものとし、心が体を主管しうる状態にする事です。」
とおっしゃった「第一祝福」完成はどのようにしたら出来るとお思いなのか、お聞きしたいと思います。


その前に、お父様のみ言以外を参考にしているのはmimune2012さんのほうであることが分かるのかどうなのかを確認したいと思いますので、
よろしくお願いいたします。


Posted by 若枝 at 2012年03月28日 22:03
管理人様
ご返信頂きまして、ありがとうございます。

>その前に、お父様のみ言以外を参考にしているのはmimune2012さんのほうであることが分かるのかどうなのかを確認したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

私達の対話は例えて言えば、統一食口がクリスチャンに原理の内容を伝えようとの動機を持って対話しているのと似ています。

クリスチャンの救いを考えて、聖書の内容だけでは個人の救いも中心宗教の救いも霊肉共の救いは成しがたい為、その為には「原理のみ言の理解が必要である」との思いから、対話の席を設けているようなものです。

聖書は例えや比喩が多く、その解釈の相違により多くの分派が生じました。その聖書の解けない内容をお父様が解明して下さり、その答えを出して下さいました。また、聖書の概念には無い、堕落論と復帰論を解明して下さいました。この内容を理解しないと救いが何なのか、み旨成就の方法が何なのかが分かりません。ですから、クリスチャンを救う為にはこの内容を理解してもらう意外にありません。

原理講論を学んでから聖書を読んだならば、既に答えが分かっていますので、すらすらと聖書の言わんとしている事が手に取るように分かるようになると思います。

しかし、「メシヤはイエス様ただ一人」、という固定観念を持っているクリスチャンには受け入れる事は難しいと思います。また、そのクリスチャンは聖書には無い原理の内容について、または原理的な解釈について、「デタラメな事を言うな、み言の解釈を変えるな、そんなのはみ言でない」と言う可能性は大だと思います。また、「イエス様以外にメシヤなどと名乗るのは言語同断でそんなのはサタンだ。」と言うかもしれません。

お分かり頂けますでしょうか? 摂理は繰り返されています。

また、前回ご紹介されたみ言は、リ・ソウケン先生の執筆されたものと記憶していましたが、違っていましたらお詫び致します。
Posted by mimune2012 at 2012年03月29日 23:45

mimune2012さんへ

統一教会は、キリスト教会で使っている言葉に違う意味を付与して使うような盗人のようなことはしません。

統一原理は二性性相や四位基台、創造目的など、新しい言葉で説明されています。
これに対して誰かが出鱈目だとケチをつけたとしても新しい言葉ですから問題ありません。

しかし、mimune2012さんの信奉している天聖国連合というところは、統一原理で使っている言葉を、意味をすりかえて使っているではないですか。
これは今までの投稿内容を見れば誰の目にも明らかです。

そして、これは悪魔的です。

新しい概念を伝えたいなら新しい言葉を使ってくださいと前にも書きましたよね。

摂理は繰り返されています、などとおっしゃているのを見ると、完全にサタンに騙されていますね。

新しい真理があれば言ってもらうのは結構ですし、そうしていただけるのならたいへんありがたいことなのですよ。

しかし、そのために統一原理の言葉を統一原理と違う意味で使う必要はないし、そんなことをするのは悪魔的です。

このことが知的にお分かりいただけないようですので、これで対話は終わりにさせていただきます。


結論として、天聖国連合が統一原理を超える新しい真理を発表出来たかというと、

天聖国連合は、そもそも、サタン分立を自分の心の問題だと捉えているところからして、サタンを分からないでいます。

それゆえ、統一原理を理解していないことも分かります。

統一原理を理解できていなくて、どうしてそれより新しい真理が打ち立てられるでしょうか?
ただ単に理解不足で横道にそれただけであることが分かります。

しかし、それよりもっと重大な問題は、統一原理の言葉を意味をすりかえて使っている点です。

これは、新しい真理を示しているのではなく、悪魔の仕業だと断言できます。
でも、天聖国連合の人は、悪魔の実在が分からないのでこのことも分からないでしょう。


最後に、
「第一祝福においての神の責任分担は、神の責任分担においてみ言を与える事で、人間の責任分担はそのみ言を自分のものとし、心が体を主管しうる状態にする事です。」
とmimune2012さんがおっしゃった件、答えておきましょう。

mimune2012さんは、神の責任分担はみ言を与える事で、人間の責任分担はそのみ言を自分のものとすることだと、2つに分けましたが、
これは間違っています。

神と人間の目的は同じなのです。
一つの目的に向かって、神と人間とが一体化しなければならず、従って、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって神人愛一体理想をなしてこそ、地上天国と天上天国の解放圏と釈放圏が完成するのです。

神様が、人間にみ言を与えただけで、自分の責任分担はすでに終わっているなどと言うと思いますか?
言わないですよ。

Posted by 若枝 at 2012年03月30日 02:07
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