2012年12月11日

「貨幣の統一原理的理解」編集手記

今回、「貨幣の統一原理的理解」と題する小論文をまとめ、内部向けに公表することが出来ました。

内容についてはまだ一般公開することは出来ませんが、これをまとめるにあたって通過した心情の世界を綴ってみたいと思います。

基元節を迎える前にここまでたどり着くことが出来たことに、正直、とても感謝しています。
内容は原理どおりの内容ですが、貨幣を原理的に論じるというアプローチの仕方はこれまでになかったと思います。
それが、お父様が聖和される1ヶ月ほど前、このアプローチの仕方が急に啓示的に与えられて、1日でまとめました。8月4日に親しい関係にある一部の食口に公開いたしました。9月2日の礼拝で、夢の証しなどを教会で募っているということだったので、私はその日のうちにこの論文を土浦教会の事務局に送りました。その後、お父様は危篤状態になられ、聖和されたのですが、その前になんとかご報告申し上げられたのではないかと思います。

その後4回ほど改訂を加え、題名も「貨幣の創造原理的理解」から「貨幣の統一原理的理解」に変更して、12月3日、大母様が日本に来られて、お父様もご一緒に来られたと言われた日、世界中の食口が集うメーリングリストに投稿して公表いたしました。11月21日に一部の責任者にはお配りしていて、とりあえずこれでいいだろうと思っていたのですが、UPF7周年記念大会でお母様が「平和大使の使命を果たしなさい」と言われたみ言を2日の礼拝で聞き、これに触発されて、今が公表すべき時と感じ、12月3日、無心で投稿いたしました。

でもその日に投稿したものは改行を入れていない原稿でサーバのほうが受けつけてくれなかったのか、メーリングリストにはいつまで経っても出てきませんでした。朝までには出るだろうと思って床に着き、朝になってからもう一度見てみましたが、やはり出ていませんでした。それでもう一度、今度は改行をしっかり入れて投稿すると、たちまちメーリングリストに出てきました。
まさに、「夕となり、また朝となった。第一日である。」という聖書の言葉のごとくの出来事でした。


私が経済について考えてきたのは、2008年12月のセミナーで、分捧王から経済について論じなければならないと諭されたときからです。
それから、紆余曲折がありました。

私はもともと理系で、文系の内容は一段低く見ていたところがあって、宗教人としても経済というのはどうも性に合わないところがあり、それまであまり関心がありませんでした。
しかし、経済について調べていくうちに、ここにとてつもない内容があることを知るようになりました。

戦争の原因を調べていくと経済分野に事の発端がありました。
政治家よりも財界人のほうが色々な意味において力を持っていることを知りました。もっとも、最大の政治課題は経済問題ですが。

ですから、地上天国を実現するためには、経済を避けて通れないという側面があります。

そして、これまで我々は共産主義と戦ってきましたが、資本主義もまた本然の思想とは違うわけです。
いずれも人間中心主義ですから。

すると、神中心の経済を打ち出していかなければならないということになります。
神中心の経済などと言うと一般の人は何だそれはと言うでしょうが、
神中心の経済は父母主義の経済であり、子女である万民に幸福をもたらす経済です。

基元節は、人類が失敗したのをもう一度最初から出発しなおすという意味があると思いますが、
今日の経済が、様々な規模において、様々な問題を抱えて一向に解決出来ない根本理由は、発端が間違っているからだと思います。
発端が間違っているのにそれをそのままにしていたら、どんな名案を持ってきたとしても問題は解決しないでしょう。
今の政治家でそれに気がつく人はいないのでしょうか。
知っているのは我々だけということになるのかもしれません。

発端を論じ得るのは、結局、統一原理をおいて他にはないでしょう。

posted by 若枝 at 00:11| Comment(0) | 創造本然の経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: