2016年04月28日

神霊と真理に満ちた、喜びのある礼拝

今日は、還元祈願礼式ということでしたが、ある発展している教区で2011年に行なわれた還元祈願礼式の様子を映像で見る機会が与えられました。


神様の愛を証ししている礼拝だから、発展もしているんだなあ、というのが率直な感想でした。
みんなが素直に喜びを感じるから、人も集まってくるのだろうと、納得がいきます。

逆を考えてみますと、
あれやれ、これやれ、ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないと、集まった人たちに要求している礼拝では、やっぱり発展はないでしょう。

語る者が神様の愛をほんとに実感出来ていれば、神様の代身になりますから、要求する言葉は出てこないはずです。

説教者が人に要求している段階は、説教者が聞いている者と同じ人間の側に立っていますから、神様不在で、そこに発展はあまりありません。


やはり神霊と真理に満ちている教会が発展するのだなあと思いました。



posted by 若枝 at 15:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
神のひとり子メシヤが、独生子。
なので、

独生女とは、神のひとり娘。
という意味なのではないでしょうか?

つまり、神のひとり子が、原罪のない男メシヤであるのと同じように、

お母様は神のひとり娘、すなわち原罪のない女メシヤという意味なのではないでしょうか?

だから、「お母様お一人でも、肉的堕落した、私たちを重生し、肉的に救うことができる」と仰りたいのではないでしょうか?

私は、「お父様の肉体がないから、いくらお母様が祝福をしても肉的な救いにはならないはずだ。」と思っていましたが、お母様が無原罪だから、お母様お一人の祝福でも肉的重生ができるという風に解釈しましたけど…。

また、機会がありましたら、詳しく解説していただきたいです。

Posted by 一信徒 at 2016年06月10日 09:37

一信徒様、ご投稿ありがとうございます。

祝福は父母(父と母)によってしか出来ませんから、お父様にしても、お母様にしても、お一人では出来ません。

お父様とお母様が父母であるからこそ、祝福が出来ます。


人間は誰でもいつかは肉体がなくなるときは来ますが、お父様の肉体がなくなったからといってお父様がいなくなられたわけではありません。

お父様が霊界に行かれたからお母様がお一人というわけではありません。


いつかはお母様も霊界に行かれるときが来ますが、真のご父母様は永遠に人類の真のご父母様です。



Posted by 若枝 at 2016年06月10日 13:44
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