2016年11月24日

神と富とに兼ね仕えることのできない社会を、改革する

2000年前、イエス様は、「あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」とおっしゃいました。

「だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
 それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。」
(マタイによる福音書6章24〜26節)


これは、人間が堕落して万物以下に堕ちてしまったので、人間の上には神と富とがあり、人間は富を自己中心的に扱っていますから、富の背後にはサタンがいるので、このようにおっしゃったのだと思います。

世の中はイエス様のときから変わっていませんから、今の世の中は神と富とに兼ね仕えることの出来ない世の中です。

それで、これまでの人々は世を捨てて出家していったのですけれども、創造本然の世界はそうではありません。
創造本然の世界は、富を、自己中心的ではなく真の愛で扱う世界です。


それで、この世の中を、神に仕えつつ真の愛で富を主管する世の中に変えなければなりません。

統一思想では、これを「物心一如」と言います。
再臨主である文鮮明先生は、この時代的恵沢を持って来られた方なのです。

これを世の中の一部だけを対象にしてそうするべきでしょうか。
私は、世界全体をそうするべきだと思います。

そして、世界全体をそのようにするためには、貨幣制度が鍵を握っていると思うわけです。



posted by 若枝 at 17:17| Comment(0) | 創造本然の経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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