2017年03月28日

統一原理を学ぶと、進化論のどこが間違っているかがわかるようになります

統一原理は実に偉大な思想です。

かつて、2008年6月ごろ、進化論者のリチャード・ドーキンス博士に、氏の書かれた「利己的な遺伝子」に関して、質問のメールをお送りしたことがあります。

統一原理を学ぶと、進化論のどこが間違っているかがわかるようになります。
そういう思想は統一原理しかないと思います。


リチャード・ドーキンス博士に質問のメールをお送りいたしました
Re: リチャード・ドーキンス博士への質問のメール 日本語



ドーキンス博士にお送りしたメールは、だいたい以下のような内容です。


> Dear Prof. Richard Dawkins,
>
> I have read your book titled 'The Selfish Gene'.
> It was very interesting and I have learned many things.
> I do, however, have some questions.
>
> I would really appreciate it if you answered the following questions.

リチャード・ドーキンス博士

私は博士のお書きになった「利己的遺伝子」を拝読させていただきました。
とても面白く、多くのことを学ぶことができました。
しかし、いくつか質問したいことがございます。

もしお答えいただけましたら、幸いでございます。


> 1. On page 15, you mention the birth of the replicator.
>
> The problem here is that not only affinity adsorption but also breakdown
> is necessary to create copies.
>
> The replicator cannot be constructed unless these 2 events occur in
> sequence.

15ページに、自己複製子のことが書かれています。

ここでの問題は、親和性による吸着だけでなく分解もなければ、
コピーは作れないということです。

自己複製子はこの2つが順番に起こらなければ構成できません。

>
> If each building block only has the property of affinity, it would only be
> able to adsorb another building block but not break it down.
>
> Because they are molecularly stable, the blocks will permanently exist in
> this attached state.

それぞれの構成要素が親和性だけしか持ち合わせていなければ、
他の構成要素を吸着するだけで、分解はしないでしょう。

これは分子的に安定なので、吸着した構成要素はずっとそのままの状態でしょう。

>
> Therefore, I think that there is a discrepancy in your explanation
> regarding the existence of only an affinity property.
>
> Further, I think that the existence of the replicator requires the
> simultaneous existence of the Splitter which splits
> them into the state that they existed
> in prior to adsorption.
>
> What are your views in this regard?

それゆえ、親和性についてしか言及していない博士の説明には矛盾がある
と思います。

さらに、自己複製子が存在するためには、
吸着する前の存在状態に戻す分割子が
同時に必要だと思います。

これについて、どう思われますか?


> 2. On page 19, you mention that
> 'Other replicators perhaps discovered how to protect themselves, either
> chemically or by building a physical wall of protein around themselves.
> This may have been how the first living cells appeared'.
>
> Considering that only the chemical reaction occurs, the following
> statement holds true.
> 'The first survival machines probably consisted of nothing more than
> a protective coat'.


19ページに、先生は、
「おそらくある自己複製子は、
化学的手段を講じるか、あるいは身のまわりにタンパク質の物理的な壁を
もうけるかして、身をまもる術を編みだした。
こうして最初の生きた細胞が出現したのではなかろうか。」
とおっしゃっています。

化学反応しか起こらなかったことを考えると、
「最初の生存機械は、おそらく保護用の外被の域を出なかったであろう。」
という内容は正しいと思われます。

>
> However, the presence of a protective coat would require extracellular
> interaction, and it would be impossible for replicators to replicate and
> multiply.
>
> In the existing cell model, the cell membrane is closely associated with
> the intracellular functioning of the cell.

しかしながら、保護用の外被の存在は、細胞外との相互作用を必要とし、
自己複製子の複製・増殖を不可能とします。

現存する細胞の細胞膜は、細胞内部の機能と密接に結びついております。

>
> Without these functions, the protective coat would result in the death of
> the replicators, and the evolution process would have been terminated.
>
> Therefore, from a scientific point of view it is clearly impossible for a
> structure like a cell, to form only as a result of a chemical reaction,
> as you say.
>
> What are your views in this regard?

もしこれらの機能がなければ、保護用の外被の存在は自己複製子の死を意味し、
進化の過程はここで止まってしまうことでしょう。

それゆえ、科学的見地からは、先生がおっしゃっているように、
化学反応だけから細胞のようなものが出来るということは、
明らかに不可能です。

これに関してどのようにお考えになりますか?


> 3. On page 21 it is mentioned that
> 'The original replicators may have been a related kind of molecule to DNA,
> or they may have been totally different. In the latter case we might say
> that their survival machines must have been seized at a later stage by DNA'.
>
> I do not quite understand the sudden association with DNA in the present
> context.
>
> Please can you clarify this?

21ページには、
「最初の自己複製子はDNAに類縁の近い分子であったかもしれないし、
まったく異なるものであったかもしれない。もし異なるものであったとすれば、
彼らの生存機械は、時代がたってからDNAによって乗っ取られたのでは
ないかと思われる。」
と書かれています。

しかし、私には、DNAとの関連がここで突然出てきたのでまったく理解できません。


ここのところは明確に出来ますでしょうか。


> 4. On page 23 you mention that 'This brings me to the second important
> thing DNA does. It indirectly supervises the manufacture of a different
> kind of molecule-protein'.
>
> Further, you add that 'Making proteins may seem a far cry from making a
> body, but it is the first small step in that direction'.
>
> I think that there is a large gap in this logic because synthesizing
> foreign object, e.g. protein, does not contribute to replication directly.


23ページで、先生は、
「ここで、DNAのおこなっている第二の重要なことへ話が移る。DNA
は別の種類の分子であるタンパク質の製造を間接的に支配している。」
とおっしゃっています。

さらに、
「タンパク質をつくることは、体をつくることとはひどくかけ離れているように
思われようが、その方向への小さな第一歩なのである。」
と付け加えておられます。

タンパク質という異物を合成することは自己複製に直接貢献しませんので、
ここには非常に大きな論理的ギャップがあると思います。



>
> At the very beginning, when proteins were first synthesized, the replication
> efficiency may have decreased; therefore, the DNA that was responsible
> for synthesizing these proteins may have been destroyed.
>
> Therefore, it is practically impossible for DNA to synthesize proteins.
>
> What is your opinion on this?

タンパク質が合成されるようになった当初から、
それは自己複製の効率を下げますから、
タンパク質合成に関わったDNAは淘汰されてしまったと考えられます。

したがって、DNAがタンパク質を合成するというのは実質的に不可能
だと思われますが、いかがでしょうか?


> 5. On page 23 you say
> 'The DNA instructions have been assembled by natural selection'.
>
> However, this statement is misleading because natural selection cannot be
> used as an argument unless reference is being made to the development of
> the manufacture of bodies.

23ページで先生は、
「DNAの指令は自然淘汰によって組立てられてきたのである。」
とおっしゃっていますが、

これには語弊があります。

なぜなら、体を作り上げることがどうやって出来たのかを言わなければ、
自然淘汰は言えないからです。

>
> On page 24 you say
> 'Now, natural selection favours replicators that are good at building
> survival machines, genes that are skilled in the art of controlling
> embryonic development'.
>
> Further, you say that 'The same old
> processes of automatic selection between rival molecules by reason
> of their longevity, fecundity, and copying-fidelity, still go on as
> blindly and as inevitably as they did in the far-off days'.

24ページで先生は、
「今では、自然淘汰は生存機械をつくることのうまい自己複製子に、
つまり、胚発生を制御する術にたけた遺伝子に有利にはたらく。」
とおっしゃり、
さらに、
「寿命の長さ、多産性、複製の忠実度によるライバル分子間の自動的
淘汰という同じく古いプロセスは、
今なお遠い昔と同様に盲目的に避けがたく続いている。」
とおっしゃっています。

>
> How do longevity, fecundity, and copying-fidelity lead to the evolution of
> genes involved in the control of embryonic development?
>
> The characteristics of longevity, fecundity, and copying-fidelity are
> totally unrelated to the control of embryonic development.
>
> Therefore, controlling embryonic development cannot be explained by
> natural selection.
>
> What is your opinion on this matter?

しかしながら、寿命の長さ、多産性、複製の忠実度がどうして胚発生を制御する
ように遺伝子を進化させたでしょうか?

寿命の長さ、多産性、複製の忠実度という特性は、
胚発生の制御とはまったく関係がありません。

よって、自然淘汰で胚発生の制御を説明することは出来ません。

この点についてはどのように思われますでしょうか?


> 6. On page 69 you mention the evolutionarily stable strategy.
>
> Here, I think we have to pay attention to the fact that 'A "strategy" is a
> pre-programmed behavioural policy'.
> (p.69)
>
> All of the examples of strategy written in this book are 'pre-programmed'.
>
> On the basis of the definition of 'pre-programmed', I cannot but say that
> the strategies had been devised before the process of natural selection
> began.
>
> What are your views on this?

69ページで、先生は、進化的に安定な戦略についておっしゃっています。

ここで、注目しなければならないと思うことは、
戦略は前もってプログラムされている、
ということです。

この本に書かれている戦略の例は、みな、「前もってプログラム」されています。

「前もってプログラムされている」という意味に基づいて考えてみれば、
戦略は、自然淘汰が始まる前に作り上げられていた、
と言わざるを得ないのではないでしょうか?

この点についてどうお考えになるでしょうか?



posted by 若枝 at 12:36| Comment(0) | み言・統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月18日

完成国家 「直接主管圏とは直に完成圏を意味する。」

昨日から頭をよぎっているのが、「完成国家」という概念です。

あるいは、これは、「国の形を取り戻す」とも言えると思います。


今朝は「成長期間」のところと「無形実体世界」のところを訓読したのですが、
今日の訓読でこれについて合点のいったところがあります。

第一章 創造原理 第五節 被造世界の創造過程とその成長期間
第一章 創造原理 第六節 人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界


「直接主管圏とは直に完成圏を意味する。」

(第五節 被造世界の創造過程とその成長期間 (二) 被造物の成長期間 B 直接主管圏)


「なるほど、完成という言葉は直接主管圏と結びついているのだな。
 直接主管圏時代に入ったというのは、国家を完成させる時代に入ったということなのだな。だから完成国家と言うんだな。救国救世とは国と世界を完成させることなんだな。」

と思いました。



私は、完成国家というのは、核兵器や通常兵器で武装された無敵国家のことを言うのではなく、他国のために生きることが出来、父母の心情で国民を慈しむ、本然の創造理想を完成した国家のことを言うと思います。

今の国家群が完成できない理由はひとえに貨幣制度の誤りによるものだと思います。



posted by 若枝 at 07:51| Comment(0) | み言・統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月02日

「救国救世」の意味する目的地

最近「救国救世」というみ言をよく聞きますが、この「救国救世」とは、どこまで行くことを指しているのでしょうか?

共産主義や無神論を撲滅すれば救国救世なのでしょうか?

原理講論には以下のようにあります。

「それでは、神は、この世界を、どの程度にまで救わなければならないのであろうか。いうまでもなく、その救いは完全な救いでなければならないので、神はどこまでもこの罪悪の世界から、サタンの悪の勢力を完全に追放し(使徒二六・18)、それによって、まず、人間始祖の堕落以前の立場にまで復帰なさり、その上に善の創造目的を完成して、神が直接主管されるところまで(使徒三・21)、救いの摂理をなしていかなければならないのである。」
第三章 人類歴史の終末論 第二節 救いの摂理


ここには、「神が直接主管されるところまで」とあります。

これが「救国救世」の意味する目的地であることは間違いありません。

すなわち、全人類が神様の真の愛を100%受けて、永遠なる愛の主管の中ですべての人が生きていくことの出来る世界にすることが、救国救世の意味するところと言えるでしょう。


真のお母様は、天一国基元節3周年記念式において、
「天が100パーセント主管する世界」
とおっしゃっています。



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2015年09月26日

地上天国実現の基本公式

真のお父様が発見された統一原理の中核に位置する「授受作用」を別の角度から見れば、「循環」ということになると思います。

お父様の最後の訓読会のみ言も「自然の循環理論」についてだったそうです。

文鮮明総裁 追慕映像 - YouTube
「最後の訓読会は元亨利貞に対するみ言で自然の循環理論を諭してくださいました」


「循環」でみ言を検索すると、「地上天国実現の基本公式」というみ言が出てきました。

地上天国実現の基本公式
1978年1月1日 ワールドミッションセンターにて


「今、私たちは自分たちの住んでいる世界を見廻してみましょう。きょうの私のメッセージの最初の部分に戻ってみましょう。この世界には、地上天国を建設できるような環境を見つけることができません。神様の社会も国家も、神中心の個人も家庭も見いだすことができないのです。

 それではどこから始めたらよいのでしょうか。出発点とは、一体何でしょうか。とにかく神様は、長い間捜し求めて一人の人間に辿り着かれたわけです。もう一度繰り返します。一個の人間こそ、神様がみ旨を開始しようとされるところなのです。とにかく私たちは、神様が、私たち一人ひとりに向けられる愛を呼び起こして、神様との愛の関係をつくってゆかなければならないのです。つまり私たちが、出発点なのです。」


「病気とは何でしょうか。それは混乱している状態であり、授受作用の循環がストップしている状態なのです。だからこそ、調和のとれた宇宙から人間の体に向かって圧力がかけられ、戒めを受けるのです。痛みはそのようにして起きるのです。宇宙には不調和がないのです。体全体が、法則に従って完全に授受し合っているのです。そうすればすべての宇宙と一体化し、喜びと素晴らしい思いが湧いてくるのです。」



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2015年04月10日

地上天国とはどういう世界か

昨夜、私はものすごく重要なことに気が付きました。

それで、相対者に聞いてみました。

「地上天国ってどんなところだと思う?」

すると、相対者は答えました。

「わからないわよ。行ったことがないんだもの。

お父様は、みんなが趣味で生きるようになるとおっしゃっているけれど、働かないと生きていけないわけだし、どういう世界なのか、わからないわね。

共生共栄共義主義だということだけど、どういう世界なのかね。」



「えーーーっ」

と、私は思いました。

なぜなら、地上天国がどういうところかわからなかったら、地上天国実現と言ったって、出来ないじゃないか、ということになるからです。目的地がわからずに、どうやってそこにたどり着くというのでしょう。


もしかしたら、統一教会に所属していても、地上天国がどういうところか、わからないで信仰している人もたくさんいるかもしれないと思いました。

430家庭の祝福を勝利したら地上天国が到来するに違いない、という確信をもって、伝道を頑張っているのかもしれません。

でも、それでは、たとえ430万家庭の祝福を勝利したとしても地上天国は到来しないでしょう。




ある人は、「それは自由と平和と統一と幸福の世界だよ。」と答えるでしょう。

しかし、それだけでは足りません。具体的にはどういう世界なのでしょうか。

家庭盟誓の1番には、
「地上天国と天上天国を創建することをお誓い致します。」
とありますが、

真のお父様は、

「本郷の地を求めて本然の創造理想である地上天国と天上天国を創建することは、祝福家庭がしなければならないことです。皆様個人だけではなく、皆様の家庭を中心として地上天国と天上天国を完成しなければなりません。これが祝福家庭になった皆様の最初の誓いであり、使命です。」
平和メッセージ14 | 世界基督教統一神霊協会(統一教会)公式ホームページ

とおっしゃっています。

430家庭を祝福すれば地上天国がどこからか到来するのではなく、私たち自身がまず創らなければならない、ということです。


「それでは、盟誓文の第一は何ですか。真の愛を中心として、本郷の地を求め、求めなければなりません。神様の創造理想である地上天国と天上天国を完成することを盟誓ではなく、創建しなければなりません。創建、創建しなければならないのです。私の手でつくらなければなりません。悪魔の世界をきれいに取り戻さなければならないのです。サタン世界圏を完全に回復させなければなりません。だから、完成ではなく創建です。これが違うのです。」
成約時代安着と家庭完成時代


真のご父母様は創建されました。

今度は私たちの家庭が創建しなければなりません。

地上天国がどういうところか、説明出来なければならない、ということです。
漠然とでは駄目です。
地上天国に入ることや到来することを考えるのではなく、自らが創建しなければならないということです。

人がどうということではありません。
何人祝福したかは、その後に続くことであって、まず、地上天国を創建しなければ何も始まらない、ということです。


統一原理・統一思想のみ言でもって、地上天国の具体的な青写真を創ることが出来ます。

これをまずやることが、我々の責任分担です。



posted by 若枝 at 09:55| Comment(1) | み言・統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

今年2015年は真のご父母様が来日されて50周年

今年2015年は文鮮明先生、真のご父母様が来日されて50周年ということで、来日されたときに語られたみ言を全食口がもう一度振り返って訓読しています。


神の目的と我々の目的
1965年1月28日
東京教会
http://malsm.info/private/mlsm/19650128.htm


ここには真の父母のみ言の真髄があり、
このみ言は、決して学ぶだけのみ言ではないと言わざるを得ません。

請け負って成就しなければならないみ言だと思います。
あるいはもうすでに成就していなければならないみ言だと言えるでしょう。



posted by 若枝 at 23:40| Comment(0) | み言・統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月12日

氏族的メシヤは三大主体思想に通じ、共生共栄共義主義社会を実現していくことに他ならない

この世の主権が神様(天の父母様)に戻り、真のご父母様が万王の王天地人真のご父母様として勝利して、
創造主と人類の真の父母が創造本然の状態を取り戻した今日の社会において、

自分のなすべきことは「氏族的メシヤ」であると自覚いたします。


氏族的メシヤは真の父母様の子女の位置に立ったことを意味し、真の父母様の使命を受け継ぐ者です。

氏族的メシヤとして勝利するということは、人類を真の愛で愛することだと思います。

これは、三大主体思想に通じるもので、人類を愛するということは天地人真のご父母様を中心とした人類全体の願いを果たすということで、共生共栄共義主義社会を実現していくことに他ならないと、私は思いました。



posted by 若枝 at 21:33| Comment(0) | み言・統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月15日

地上天国の実現は、すべての人が完成しないとやって来ないものなのでしょうか?

私たちは、地上天国の実現を目指していますが、それはすべての人が完成しないとやって来ないものなのでしょうか?

もし、すべての人が完成しなければやって来ないとするならば、完成していない人を見て裁いたり、完成するまでに数万年もの時間がかかるかもしれません。

しかし、真のご父母様のみ言は、地上天国の実現にすべての人の完成は必要としていません。


家庭盟誓の第二節には、

「天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と真の父母様に侍り、天宙の代表的家庭となり、中心的家庭となって、家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の家庭の道理を完成することをお誓い致します」

とあります。


これは地上天国実現の法案であり、地上天国の完成は、ある個人が、家庭において、国家において、世界において、天宙において、真の愛を完成すれば、やって来ます。

その種を、真のご父母様は、私たちすべてに分けてくださったのです。

ですから、私たちがやるべきことは、自分が、家庭的、国家的、世界的、天宙的な真の愛を完成させることです。
もちろん、そこには、真のご父母様との一体化に矛盾はありませんし、未だ完成していない周辺のすべての人との間にも矛盾は生じないのです。

自分が変われば世界は変わる。
自分が変われば世界が変わる。
自分が完成しさえすれば、世界は完成できる。
自分が天から与えられた自己の責任分担を完成すれば、間違いなく地上天国は到来する。

自分が家庭盟誓を勝利しさえすれば、地上天国は実現できます。



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2014年07月26日

共生主義はどうして所有のことしか書いていないのか

共生主義は、政治、経済、思想のうち、経済を扱った概念ですが、書いてあるのは所有に関してのみです。

「共生主義は、理想社会の経済的側面を扱った概念であるが、特に所有の側面を扱った概念である。」
(統一思想要綱(頭翼思想) 付録-1 一 共生共栄共義主義 (一) 共生主義)


共生主義はどうして所有のことしか書いていないんだろう、これでは経済論としてはあまりにも不十分だ、と私はずっと思っていました。

労働、生産、分配、消費、金融、事業における社会貢献や財政、福祉、価値など、経済といえば様々なことを論じなければならないはずです。
それなのに、所有のことしか書いていないなんて、その意味がよくわかりませんでした。


しかし、最近、その意味がわかってきました。

アダムとエバが堕落して、堕落した人類となり、創造本然の人間と何が変わってしまったのか、何をまず主張したのかと言うと、「自己の所有」を主張したというのです。
経済分野で論じられている様々な事柄は、みな、自己所有概念の中での論議でした。国際関係も当然そうです。安全保障や戦争など、すべて自己所有に起因します。

経済問題の根本は所有問題です。堕落人間と創造本然の人間の違いは所有にあります。

この根本を統一思想は見事に解いているということを知りました。

そして、真のお母様は、この所有問題についてまず最初に言及されました。

真のお母様(韓鶴子総裁)の、所有権に関するみ言 統一教会にて

ですから、真のお母様は、やはり、人類の真の父母であり、神様の代身、メシヤです。



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2014年06月06日

「善に所有されるか、悪に所有されるか、サタンと神様が愛の心情を中心として取り引きしている」

「祭物というものは、所有物を決定する条件物です。先生は、そのようなことをみな知っているので、このような定義を下しました。

善に所有されるか、悪に所有されるかという問題は、何を中心として決定されるのでしょうか。

サタンと神様が愛の心情を中心として取り引きしていることを、誰も知りませんでした。

愛の道を開発し、愛の道を開拓するみ旨を立て、愛の人を求める立場に立ち、高い愛の基準を天のみ前に返すまでは、サタン世界の愛の基準の物が、天の所有物として登場することはできません。

天の所有物として登場しなければ、神様が人間と共に一つになった物を所有できる道がないというのです。ですから、祭物は犠牲になり、人を身代わりして所有させるのです。」
(天一国経典天聖経 p.879)


自分の体の欲望というものはなかなか否定することが出来ず、つい体の要求するほうへと傾いていってしまうことがあります。そういうとき、自分に限界を感じたり、このくらいどうして駄目なのかと人間的に考えてしまったりすることもあります。

しかし、この欲望を中心として自分がどちらの道を選んだかによって、自分は、確実に、神様を愛したのか、サタンを愛したのかを告知しているのだということを、このみ言によって改めて学びました。

愛の心情を中心として、神様とサタンが取り引きをしており、私が勝利したいと願っている課題をどちらに導くかが、ここで決定されるということを知って、これを肝に銘じて、これからの歩みをしていきたいと思います。



タグ:所有物 祭物
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2014年03月12日

三大主体思想はどうして主体の愛だけを強調するのか

三大主体思想というと、真の父母、真の師、真の主人ということで、この三大主体が神の真の愛を実践するということですが、
どうして主体の愛のみを強調するのでしょうか。

統一思想要綱の「三大主体思想」には以下のように書かれています。

「三主体の愛、すなわち父母の子女に対する愛、先生の学生に対する愛、主人の部下に対する愛は「下向性の愛」であるが、その下向性の愛が注がれれば、それは愛の誘発効果を引き起こす。」

「三大主体の愛は、父母が子供に、師が弟子に、主人が部下に与える愛すなわち下向性の愛であるが、この下向性の愛が原則的に先である。このような下向性の愛によって、二次的に誘発されて表れる愛が上向性の愛と水平の愛である。」

「企業主が真の愛を施しさえすれば、従業員たちは企業主を愛するようになり、従業員相互間にも愛がゆきわたる。そればかりでなく、従業員は工場の施設や器物までも愛するようになる。そのように主体の愛(下向性の愛)、すなわち父母の愛、師の愛、主人の愛がいつも先次的なのである。」

「そのようにして、真なる愛が家庭に拡散し、学校に拡散し、企業に拡散すれば、結局、このような愛が全国に拡散し、ひいては全世界にまで拡散するようになって、この地球村は神の愛で充満していくのである。そのとき、初めて地上のすべての犯罪は跡形もなく消えていき、真なる平和、永遠なる平和が実現されるのである。」


原則的に主体の愛が先なので、三大主体の愛を説いている、ということがわかります。

三大主体が真の愛の実践をすれば、愛は拡散し、自然に、全体が神の愛で満たされますので、三大主体思想によって、神様の創造理想を成就することが可能となるでしょう。


有識者渉外にたずさわることもありますが、この思想を伝えなければならないのだなあと思いました。

蕩減時代にはなかなか伝えられなかった内容かもしれませんが、天一国時代を迎えたこれからは伝えていくべき内容だと思います。



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2014年01月10日

「皆さんがそのような祭物の峠を越えるまでは、この地上に真の平和と自由と理想の世界は成就されない」というみ言

「新約時代はイエス・キリスト、すなわち神様の息子を中心として祭物の峠を越えなければなりませんでした。しかし、成約時代である今は、新郎新婦の名前を身代わりする皆さん自身を条件として、祭物の峠を越えなければなりません。皆さんがそのような祭物の峠を越えるまでは、この地上に真の平和と自由と理想の世界は成就されないのです。」
(天一国経典天聖経 p.127)


「私たちが祭物の峠を越えなければ理想世界は成就されない」というこのみ言は宿命的です。

イエス様が越えた峠を私たちも越えないと神様の創造理想が成就されない、ということであり、これを越えるためには、生命を捧げ地の事情をすべて超越したところで天と一つにならなければならないことを意味しています。

でも、これをしなければ神様のみ旨が成就されないとするならば、そうするしかない深刻で真剣な現実的な問題です。

これまで、み旨のために生命を捧げていったクリスチャンたちや、復帰摂理歴史の中で犠牲になっていった多くの人々を前にして、私たちはどのような態度を取っていったらよいでしょうか。

自分の身を守るのではなく、天のみ旨成就のために一身を投じていきたいと、私は思います。



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2013年12月04日

私が統一教会で学んだこと、統一教会以外では学べなかったであろうこと

私が統一教会で学んだこと、統一教会以外では学べなかったであろうことは、大きく言って以下のことになると思います。

1.人間と存在世界の親である神様がいらっしゃること
  
 人間をはじめこの世界すべてが、造り主から生まれたことが、統一原理によってはっきりといたしました。これまでの人類歴史において創造主のことはずっと前から言われてきましたが、この存在を明確に断定できた人は誰もいませんでした。そして信じるしかありませんでした。

 しかし、統一原理の二性性相のみ言によって、存在するものは必ず二性の存在の相対的関係をもって存在しており、同時に、その二性の相対的関係はそれ自体で得ることの出来ないものであることがはっきりと分かりました。

 例えば、陽子と電子の関係。電子が存在しなければ、この世界には水素や炭素といったそれぞれ異なる特徴の原子が存在せず、この世界は存在していません。しかし、陽子が電子を出現させることはできません。

 また、有性生殖生物。二性が交わって子を繁殖できるというのは、片方の性の形が偶然できたとしてももう片方の性がそれに合うようにできることがなく、また、もし形だけが合ったとしてももともと子を繁殖するという機能をもっていることは偶然では出来ないことなので、有性生殖生物はそれ自体では存在には至れません。

 すなわち、存在するものはいかなるものもそれ自体では存在には至れないことが、統一原理によって明確になり、造り主の存在を肯定せざるを得なくなりました。

 そして、その上で、改めて、造り主が二性の性相をもった父母なるお方であることを知りました。


2.人間と存在世界はすべて神様の原理によって出来ており、愛で満たされていること

 造り主はこの世界をすべて二性の性相に分けてお造りになったのですが、この理由は、二性が授受をすることで愛の完成をし、より大きな存在のために存在するためだと分かりました。

 改めて存在世界を見てみると、そのとおりです。

 例えば、人間は鼻でよい匂いを嗅ぎ喜びに満たされますが、これは匂い分子と嗅覚受容体が相対的関係を結んでいるからです。そしてこの二性性相の存在は、人間によい感覚をもたらしてくれます。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、すべてがそうです。

 素粒子が原子となり、原子が分子となり、すべてのものは、二性が一体化してより大きな存在のために存在しています。

 
3.人間と存在世界の存在する目的は親である神様にあること

 存在世界は造り主によって創られた世界であることがわかり、その存在目的が造り主にあることが分かりました。

 これまでの人類歴史においては、人生の目的があるのかどうかさえわからず、人生の目的を自分の人生の中に設定する目標に置いたり社会をあるべき姿に導くことに置いたりしていましたが、そうではなく、人生の目的は人間を創った造り主にありました。
 そして、造り主の創造の動機が愛にあったことを知りました。


4.善とか価値といった我々人間の評価の原点は神様の目的にあること

 何が善で何が悪であるのか、何に価値があるのか、これらはすべて造り主に基準があることがわかりました。

 何のために生きて成長しなければならないのかという理由も、造り主の人間に対する愛にあることがわかりました。


5.霊界の存在する理由

 霊界があってすべての人間が永生する理由が、造り主の人間に対する愛が永遠であるがゆえであることがわかりました。



タグ:創造原理
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2013年11月08日

「『原理』を知らなければなりません。」という、お母様のみ言の核心

今回の日本でのお母様のみ言を読み返してみますと、

お母様がもっとも伝えたかった内容は、
「原理を知らなければならない。」
ということだったと感じます。

そして、お母様は、政治的にも、経済的にも、原理的で永遠な環境を私たちが創造しなければならない、と語られたと思います。

アダムとエバが堕落して、旧約時代、新約時代、成約時代を越えてきました。
旧約時代は万物を裂き、新約時代は息子を裂き、成約時代は父母を裂く時代でしたが、完成時代すなわち天一国時代はこれらをすべて裂かずに天に捧げる時代です。

すなわち、天地のすべてを原理と一致せしめてこそ天に捧げられる、私たちの2020の目標が達成されるのであろうと思います。

不退転の決意で、原理通りの天地を創造してまいりましょう。


「それでは旧約時代は何かといえば、蕩減のために万物を供え物とした時代です。祭物時代なのです。新約時代は息子を殺して供え物とした時代です。成約時代は父母を裂くのです。裂いたでしょう? 裂きましたか、裂きませんでしたか? 裂いたのです。死の場に投げてしまったのです。そうして完成時代は、神様を中心として裂かれた祭物が、みな統一されなければならないのです。一つにならければなりません。裂かれたというのは、サタン側、天側に裂かれたということです。息子も殺してそのように裂かれ、父母も裂かれました。サタン側、天側に裂いておいたのです。現在もそうです。そのようになっているのです。そしてこれからは、すべて生きた供え物…、生きているままで縛って捧げなければなりません。万物を裂かず、息子を裂かず、父母を裂かずに捧げるのです。天と地が分かれず、統一的な基盤を分けないのです。」
(祖国光復と入籍 九八年九月二十四日)


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2013年10月19日

神様が根本原因であることをはっきりと説明できる統一原理

人間は男性と女性、動物はオスとメス、原子は陽子と電子、というように、
この世界はすべて陽と陰で出来ているから、原因的存在である神様も陽陰の属性を持っていらっしゃる。

と講義すると思いますが、
これだけだと、統一原理の50%にしかならないと思います。

この次に、

では、人間は男だけで存在できますか?
オスだけだったら、動物は存在しているでしょうか?
陽子だけだったら、この原子は存在しているでしょうか?

片方だけでは存在できません。

では、陽子と電子が引き合うようになったのは、陽子と電子が出来てからでしょうか?
最初関係なかった陽子と電子が、ある日、引き合うようになったのでしょうか?

また、動物のオスとメスが引き合うのはどうでしょうか?
いつからオスとメスはペアになったのでしょうか?

陽子や電子が生まれたのと、陽子と電子が引き合うようになったのとは、どちらが先だったでしょうか?
動物のオスとメスが生まれてくるのと、オスとメスが引き合うようになっていたのとは、どちらが先だったでしょうか?

明らかに、陽子と電子はお互いに引き合う関係で生まれてきました。
動物のオスとメスもお互いに引き合うものどうしとして生まれてきたのです。

そのようになっているのはなぜでしょうか?
それは、神様がそのようなお方だからです。

すなわち、神様がそのようなお方なので、被造世界をそのようなものとしてお創りになったからこそ、被造世界は陽陰で存在するようになっているのです。

と説明してこそ、神様が根本原因であることをはっきりと説明できると思います。



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2013年10月08日

信じがたい神様の命令を信じることが出来る人

今日は、教会での朝の訓読会に行って来ました。

「ノア」「アブラハム」「ヤコブ」のところのみ言を訓読いたしました。

今は現代社会だから昔の話はそのままはあてはまらないだろうと考える人もたくさんいるでしょうが、神様の心情は今も昔も変わらないと思います。

神様から見たら2000年前も4000年前も今もずっと続いているでしょう。

ノアやアブラハムに信じられないような命令を下した神様は、私たちの神様でもあります。
神様は私たちにも語られ、命令を下されるでしょう。

そして、信じがたい神様の命令を信じることが出来る人たちからしか、天国は生じないでしょう。



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2013年10月02日

地上天国の実現は、神様の創造目的の成就によって成されるのであり、人間を問題視することによって成されるのではない

創造原理の一番最初には、

「人間は長い歴史の期間にわたって、人生と宇宙に関する根本問題を解決するために苦悶してきた。けれども、今日に至るまで、この問題に対して納得のいく解答を我々に与えてくれた人はまだ一人もいない。それは本来、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからである。」

とあります。

神様が人間や宇宙をなぜ、どのように創造されたかという究極の原理を知ったならば、おそらく、自分の境遇や周りのちょっとした問題などはまったく問題にならないことに気がつくでしょう。

自分の境遇や周りのちょっとした問題などに気を奪われず、ただひたすら神様の創造目的成就のためにいのちを燃やすべきだと思います。

自分の境遇や周りの問題は、人生に関する問題に属し、こういったことに気を奪われるのは、先のみ言の苦悶の部分にあたるでしょう。

しかし、原理講論は、この問題に対して納得のいく解答が得られないのは、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからだと言っています。
人間や宇宙がいかに創造されたかを知れば、こういったことに気を奪われることはなくなるでしょう。
なぜなら、これらのことは、神様の創造原理に比べてあまりに些細なことだからです。

地上天国の実現は、神様の創造目的の成就によって成されるのであり、人間を問題視することによって成されるのではないということを知らなければならないと思います。

地上天国は一人一人から始まるのであり、他の人に要求するところから始まるのではない、という観点はとても重要だと思います。



タグ:創造原理
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2013年10月01日

我々統一教会と祝福家庭を通して、天国の理念が、社会、国家、世界に現れなければなりません。

祝福家庭第70号が届きました。

70という記念すべき号の第1ページに掲載されているみ言を読んで、これをこのごとく実現するべきなのが我々の使命だと思いました。

「その天国の理念が、個人的な天国理念になると同時に、家庭的な天国理念、社会、国家、世界、天宙的な理念にならなければなりません。このような天国理念が、皆さん自体を通して現れてこなければなりません。」

我々統一教会と祝福家庭を通して、天国の理念が、社会、国家、世界に現れなければなりません。

これを成すのは、お父様が「皆さん自体を通して」とおっしゃっているごとく、我々がその使命を果たさなくてはならないのです。

原理を社会、国家、世界に適用しなければなりません。

躊躇することなく、これを実行していかなければならないと思います。


祝福家庭第70号 1ページ
【生活圏を通して天国理念を現わす】

「神様が願われる天国は、霊界だけで成される天国ではありません。
神様が願われる天国は、まず地上で成し遂げられたのちに霊界でも成し遂げられる天国です。人間が死んだあとに、その霊人体で成す霊界とこの地上世界は互いに分離できないので、皆さんが勝利的実体を備え、天国の理念を具現するためには、天倫の前に立ち得ると同時に、人倫の前にも立てなければならず、天倫と人倫に通じ得るよう、天国の理念を皆さんの生活圏を通して見せてあげなければなりません。そして、その天国の理念が、個人的な天国理念になると同時に、家庭的な天国理念、社会、国家、世界、天宙的な理念にならなければなりません。このような天国理念が、皆さん自体を通して現れてこなければなりません。(『文鮮明先生御言選集』2巻226頁)」



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2013年09月15日

神様が、歴史路程を通して、その国を復帰するために摂理を推進してこられた、その国とは

今日は、朝の訓読会に参加しに、教会に行ってきました。

訓読されたみ言は、「氏族的メシヤと天一国創建」のp13〜p28でした。

その中で、一番印象に残ったといいますか、み言の核心と感じた部分は、
神様が、歴史路程を通して、復帰するために摂理してこられた、その国と世界というのは、
「神様が主管できる世界であり、神様が主管できる国」
であったということです。


真の愛の神様が主管できるその国と世界が、どれほど愛に満ちた国と世界だったでしょうか。
それぞれの個人、家庭、国民に、どれほど満足を与え、生きる喜びを与え、神様の子女として生まれてきたことにどれほど感動を覚える世界だったでしょうか。

また、そのようにして子女を愛することが出来ない神様の恨がどれほど大きいことでしょうか。

私たちが、創造本然の理想世界を考えるとき、神様が主管なさることが出来る、ということをもっとも重要に考えなければならないと思います。

地上天国は、私たちが用意しなければならない部分もありますが、忘れてならないのは、その国が神様の主管することの出来る国であるということです。



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2013年09月07日

文先生がその人におっしゃった中に、「乞食にならなければならない」というひと言があって

先日、大学教授になった食口の証しを読んでいましたら、
文先生がその人におっしゃった中に、「乞食にならなければならない」というひと言があって、私はとても驚きました。

この世の価値観からすれば、大学教授ほど名誉のある職業はないのに、
文先生は、「どうして大学の教授になどなったのか、乞食にならなければならない」
とおっしゃったというのです。

でも、考えてみれば、
イエス様は、乞食になりました。
イエス様の公生涯3年路程というものは、
「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」(マタイによる福音書8章20節)
とおっしゃったように、乞食の生活でした。

お釈迦様も同様でした。

神様を愛するということは、この世的な価値をすべて捨てなければならないということなのです。
そうしなければ、神様を愛する神の国の創建が始まらないでしょう。

お父様と、お父様の伝統を受け継ぐ統一教会は、ここから出発しているということを、常に忘れてはならないと思います。



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