2013年05月18日

ID理論に対する無神論的物理学者の主張に対する文鮮明先生の答え

昨日は、第21回世界平和指導者セミナーが東京で開催されました。

小惑星探査衛星「はやぶさ」の講演はとても感動的でした。

そして、ID理論の紹介と最近の無神論的物理学者の主張の紹介、そしてID側からの反論の紹介がありました。

無神論的物理学者の主張は、理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士らが主張しているもので、
「宇宙というのは1個ではなくて10の500乗個もあるのだ。その中の1個がたまたま我々が生きているこの世界なわけで、この世界においてはすべての定数がたまたまこうなっただけなのだ。」
という主張です。

これに対するID側の反論は、
「ファインチューニングだけでなく、その後に何度も知的デザイナーが関与したと推定される過程があるので、たまたまでは説明できない。」
というものです。

この10の500乗個というのは超ひも理論から出てくる解が無数にあるところから発想されたものですが、正直言って夢の中の話と同じで、正しいか間違っているか誰も確かめることが出来ません。
そして、無神論的物理学者は何を言われても「たまたまそうなったんだよ。」を繰り返すだけでしょう。

ですから彼らの主張自体を否定しようとするのは得策ではないと思います。
もっと大上段から論理展開をする必要があるでしょう。


これに対するお父様の解答は明快です。

お父様はこうおっしゃっています。

「主体と対象があり、お互いに作用しなければ力が生じないのです。力は、一人で出てくるものではありません。力は、必ず主体と対象があって初めて生じるのです。」
(宇宙の根本 第1章 宇宙の根本秩序)


無神論的物理学者たちは、力だけを考えているのです。

彼らは相対性理論の式を変形させていって、無数の形の宇宙の可能性を主張していますが、相対性理論の式は力に関する式で、主体と対象の存在があって初めて成り立つのです。このことを彼らは忘れているのです。

相対性理論が宇宙を作り出したとする彼らの考えは根本的に間違っています。


参考: M理論 創造目的学会
http://pocs.seesaa.net/category/16826619-1.html



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2013年05月17日

弘法大師空海

元立教大学総長の松下正寿先生が著書「文鮮明 人と思想」の中で、「文先生は弘法大師そっくりだと感じた」と書いていらっしゃるようですが、弘法大師空海は日本の宗教家としてものすごく意義深い存在であったと私は感じています。

松下先生は文先生と弘法大師の一番似ているところは目の光だと書いておられるようですが、弘法大師は仏教の教えを究めていって、絶対者と人間の親子の関係にたどり着いたようです。

仏教の教えには、「仏の三身」があって、仏様が時によってお姿を変えて現れるのですが、絶対的なお姿が大日如来、はたらきによって様々なお姿で現れるのが阿弥陀如来など、人々の前に現れるお姿が釈迦牟尼です。

仏教の宗派にはいろいろありますが、絶対者大日如来をご本尊にしているのは弘法大師空海の開いた真言宗のみです。

普通、絶対者は人間には直接認識できないので本尊にはなり得ないとして、他の宗派では阿弥陀如来や釈迦如来を本尊にするのですが、弘法大師だけは絶対者を本尊にしました。

空海の思想を紐解いてみると、とても原理的です。

かなり前に私がまとめた文章ですが、ご関心のある方はぜひ読んでみてください。

復帰摂理に於ける空海とイエスの関係性
https://dl.dropboxusercontent.com/u/56206670/fukki_kukai_jesus.pdf



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