2015年05月17日

映画「桜田門外ノ変」を見て

最近、映画「桜田門外ノ変」を借りてきて、見ました。

映画『桜田門外ノ変』予告編 - YouTube

ずっと前に公開になった映画ですが、今回初めて見ました。

1度見て「こんな悲しい映画は一度見れば十分だ」と思いましたが、
返す前にもう一度見ておこうという気になって、もう一度見ました。

そして、当時の志士たちの苦悩が伝わってきました。


清国を侵略した西欧列強が次に日本を狙っているという状況の下で、
開国か攘夷かで国内が真っ二つに分かれる中、
開国派の井伊大老を、水戸脱藩浪士と薩摩藩士が襲撃しました。


私は、彼らが、井伊大老を斬りたくて斬ったわけではなかったという深い悲しみを感じました。
欧米列強の理不尽なやり方が、すべての人を狂わせた、ということを感じました。
当時、欧米は、欧米諸国内でも戦争をしていました。
幕末の志士たちが向き合ったのは、藩の問題でも、日本だけの問題でもなく、世界人類が抱え込んだそういった問題だったのだと思います。
そして、この歴史は、今も続いている、と思いました。

品を変え、形を変えて、今も続いています。
共産主義が現れても本質は変わりありませんでした。
混合経済が現れても、本質は変わっていません。
むろん、民主主義や社会主義でも、本質は変わりません。


統一食口である我々は、この歴史をどのように切り開くのか。
彼らの無念さを晴らしてあげられるのは、我々しかいません。

刀ではなく、理念でもって、我々は歴史を変えましょう。



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2015年04月06日

彼らの戦いは世界平和のための戦いだった

先日、新しく就任された教区長様は、霞ヶ浦の特攻隊の記念館(雄翔館)を訪れてくださいました。

最初から最後まで涙、涙だったそうです。

茨城にはこの霊界がある、この霊界をまず解放しなければならない、とおっしゃってくださり、今度、映画「永遠の0」をみんなで見ることになりました。


確かに、茨城にはこの霊界があるかもしれません。
私は今も、ほぼ毎日毎晩、神風特攻隊員たちの遺書【キミガタメ】 - YouTube にどうしても手がいってしまいます。


二十歳そこそこで特攻で死んでいった彼らの思いは、確かに、国のためとはいえ、辛かった、悲しかった、無念だったという思いが無かったといえば、うそになるでしょう。

しかし、霊界に行ったあとの彼らの今の思いは、死ぬ前とは若干違ったものがあるというのを、私は感じています。

それは、彼らが特攻で戦った戦いを最後まで戦い抜いて勝利して欲しいという願いが彼らにはあるということです。
彼らの戦いは世界平和のための戦いだったのです。

どうしたら、この戦いを勝利で終わらせて、彼らを安らかに眠らせてあげられるのか。

これをなんとしてでも成し遂げなければならないと思います。



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2015年01月27日

真のお父様が証ししてくださった、神様が与えてくださった大地

今度の県会議結成大会の案内のDMを折りながら、BGMに流していた「栄光への脱出」を聞いていて、私は涙がこみ上げてきてしまいました。

前にブログでこの歌のことを書いたのが、2010年12月
翌年の名節のときに、誰かがこの歌をご父母様の前で歌ったのですが、
その翌年、お父様は聖和されたのでした。

私は、
「 when the morning sun reveals her hills and plains
Then I see a land where children can run free.」
のところで、ぐっときてしまいました。

真のお父様が証ししてくださった、神様が与えてくださった大地は、子供たちが自由に走り回ることの出来る大地だったということに。

天一国はそうです。
誰もこの地を侵すことは出来ないはずです。



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2015年01月22日

地上天国とポピュリズム

最近、「ポピュリズム」という言葉が気になっています。

地上天国という、すべての人が幸福に生きられる理想世界を目指している我々ですが、万民に幸福をもたらすというとポピュリズムと曲解される可能性があります。

ポピュリズムは、大衆主義とか大衆迎合といった意味です。

ポピュリズム - Wikipedia

これは、すなわち、人間の主義です。人間の特に大衆を中心とした主義です。

一方、統一教会で言っている地上天国とは、神主義です。
神様を中心とした人類一家族社会です。
神様の創造目的が成就された世界のことです。

人類の真の父母である神様の理想こそが人類にとって最も幸せな世界を意味しています。


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2015年01月02日

今年は家庭盟誓を唱和するようになってから21年

さっき、相対者と話をしていて、今年は家庭盟誓を唱和するようになってから21年になることに気が付きました。

家庭連合創設からも21年になります。

わが家庭においても、これまで21年路程を経てきた感があります。
2001年5月に新しい家に引っ越し、2008年2月にも新しい家に引っ越したのは、それぞれ節目の年でした。

そして昨年4月に今の家に引っ越して、迎える今年2015年は、まさにヨベルの年です。



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2015年01月01日

新年を迎えての抱負

新年、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

基元節3年目を迎える2015年は希望の年であると言われています。

また、今年は、弘法大師空海が高野山を開創してちょうど1200年。

高野山真言宗 総本山金剛峯寺
http://www.koyasan.or.jp/1200/


宗教が求めてきた理想世界が実現し、宗教の使命が成し遂げられる年になるのではないかと思います。

私の研究テーマは経済です。
天が理想とされる経済社会がいかなるものであるのかをたずね求めて、今年一年もまっしぐらに走ってまいりたいと思いますので、なにとぞどうぞよろしくお願い申し上げます。



ラベル:統一経済論
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2014年12月14日

天のみこころのままに

イエス様は、十字架にかかるときに、「わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」と祈られましたが、私は、最近、この意味を考えることがよくあります。

「そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、『わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい』。 」
(マタイによる福音書 26章 39節)


今まで、私は、この「みこころのままになさって」を、杯のことに対してのみ考えていました。
しかし、最近、私は、この「みこころ」を人類救済の父のみ旨全体を指していたのだということを、感じています。


イエス様が、天のみこころに委ねたご心情には、メシヤとして、全人類の救済を天に委ねるご心情があっただろうということを感じています。

苦しいからみこころに委ねたというよりも、天のみ旨を思ってすべてを委ねた、ということです。

良かったとしても、悪かったとしても、天のみこころに委ねることがとても大切だと思います。

私は、これこそが、最大級の天の伝統、レガシーだと思います。



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2014年12月08日

万物を復帰するのも、人間を復帰するのも、誰が復帰するという話なのかと言うと

昨夜、「アダムの家庭におけるメシヤのための基台とその喪失」(原理講論 p.297〜p.300)を、訓読いたしました。

信仰生活をするにおいては、とかく、自分が献金をどう勝利するかとか、自分が伝道をどう勝利するかとか、自分のレベルで物事を考えがちです。

しかし、昨晩、み言を読んで、原理講論に書いてあるのは、人間のレベルの話ではなく、神様のレベルの話であることが、とてもよく分かりました。

この違いはものすごく大きいと思います。

この認識の違いは、霊的生命をも飲み込んでしまうような影響を及ぼすと思います。


原理講論には、こう書いてあります。

「したがって、神はアダムの代わりに、彼の次子アベルを立てて、『象徴献祭』をささげるようにされた。」

すなわち、この摂理を主導したのは神様であって、アベルではない、ということです。
神様がアベルを立ててそうするようにされた、と書いてあります。

ですから、アベルが中心といっても、ほんとの中心は神様だということになると思います。

すると、

「『象徴献祭』をみ意にかなうようにささげて、万物を復帰するための蕩減条件と、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを同時に立てたのちに、この基台の上で、再び、人間を実体的に復帰するための蕩減条件として、『実体献祭』をささげなければならないのである。」

の中の、「万物を復帰するため」「人間を復帰するため」というのは、誰が復帰するということなのでしょうか。


私は、今まで自分がこの部分を誤解して読んでいたように思います。

すなわち、自分が万物を復帰し中心人物に立つための信仰基台と、自分が人を復帰するための実体基台、というふうに捉えていたところが、どこかにあったように思います。

しかし、これは間違った理解でした。
万物を復帰するのも、人間を復帰するのも、神様が復帰する話でした。

神様が万物を復帰するとともに私を中心人物に立たせるための象徴献祭と、神様が人を復帰するための実体献祭、ということだと思います。

この認識の上に立たないと、正しい復帰摂理の道をたどって行くことは出来ないように思います。



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2014年12月06日

母の認知症

最近、母が認知症で、寝たきりになりました。

4月には既に脳の萎縮がかなり進んでいたようなのですが、お医者さんも気付かなかったし、私たち家族も気が付きませんでした。物忘れがひどくなる感じではなかったからです。

夏ごろに腰の手術をして、秋になって痛い痛いというのが非常に激しくなり、どこが痛いのかわからないほど痛い痛いと言う状況で、これはちょっとおかしいと、外科から精神科へ移りました。

うつの診断を受けたのですが、食欲はあるし、なんかうつっぽくない。それで、色々インターネットで調べたら、レビー小体型認知症の症状がよく似ていると思って、あちこちの病院に行って診てもらいました。
便秘でおなかに相当便が溜まっていたというのもあったようです。

今は薬で便も通るようになって、ようやく穏やかさを取り戻しました。
そして、最終的には認知症の診断と、要介護4の認定をもらいました。


ショックな話ですが、お袋が寝たきりになって、身の回りの世話をするようになって、かえって幸福感が増したように感じます。

もし、寝たきりにならずに一生終わったならば、こんなに世話をしてあげる機会もなかったでしょう。
それが、こんなふうに、世話をしてあげられることに、神様の愛を感じます。

また、認知症になったお袋は、これまでと違ってとても開放的になり、子供のように何でも思っていることをよくしゃべるようになりました。

認知症って、神様が与えてくれたものなのかな、悪いことばかりでもないなと、感謝している今日このごろです。



ラベル:認知症 お袋
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2014年11月30日

すべての人が個性完成することなど可能なのか? 神様の創造理想の実現とは。

神様の創造目的が成就するということは、人類すべてが完成するということですが、
果たしてそんなことが可能なのでしょうか。


ここで考えてみなければならないのは、ここで言っているのが「個性完成」であって、「人格完成」ではないということです。

神氏族的メシヤは氏族のメシヤですから、当然、個性を完成し、家庭を完成したあとのことになります。

ということは、個性完成していなければ、神氏族的メシヤにはなれない?

では、自分は果たして個性完成していると言えるのでしょうか?

個性完成について、原理講論には、

「個性を完成した人間は、神の喜怒哀楽を直ちにそれ自体のものとして感ずるようになり、神が悲しむ犯罪行為をすることができなくなる」
(原理講論 第一章 創造原理 第三節 創造目的)

と書かれています。

すなわち、個性完成とは、神様の喜怒哀楽を自分のものとして感じられるようになることを言っているのであり、自分の性格とか人格を言っているわけではありません。

性格といえば、無口の人もいればおしゃべりの人もおり、のんびりやもいればあわてんぼうもいます。
また、人格的に完全な人など誰もいないのではないでしょうか。

怒ることもあれば、忘れることもあります。

しかし、個性完成はそういうことを言っているのではありません。

神様の心情を自分のものとして感じられるようになることであり、これは、どんな性格、どんな人格の人でも可能なので、すべての人が個性を完成することが出来るのだということになると思います。



ラベル:個性完成
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2014年11月25日

最近よく聞く歌 「宇宙戦艦ヤマト」

最近、私は、「宇宙戦艦ヤマト OP FULL」を聞きながら時々涙を流します。
ちょっと照れくさい話ですが。

聞いている途中で子供たちが部屋に入ってくるときも、照れくさいのですが目を閉じてじっと聞いています。

宇宙戦艦ヤマト - ささきいさお - 歌詞・動画 歌ネット
http://www.uta-net.com/movie/2273/
(「宇宙戦艦ヤマト OP FULL」は関連動画の中にあります)

私が子供のころに見た漫画なのですが、なぜこんな漫画があったのか、私たちの気持ちをそのまま歌っているように感じます。



放射能に汚染された地球を救うため、イスカンダルという宇宙の果てに放射能除去装置を取りに行く話ですが、
これは人類が真の父母を迎えるために果てしなく闘った天の摂理を感じさせます。

いまや我々は、その放射能除去装置ともいうべき真の父母を迎えました。
放射能除去装置がなく汚染されっぱなしだった今までの人類とはまるで違う、放射能除去装置を持った人類になったということです。

我々は、いま、真の父母を中心として、地球へ帰還する旅路に着いたところでしょうか。
それとも、地球から放射能を除去する作業に着手したところでしょうか。

地球全人類が待ち望んだ、満ち溢れる希望をもって、最後の戦いが始まったのかもしれません。


「♪地球を救う 使命を帯びて
  戦う男 燃えるロマン」

「♪愛しい人が 幸せの歌
  微笑みながら 歌えるように」



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2014年11月24日

「教会には愛がない」と、統一教会の主流思想

「教会には愛がない」という言葉を、時々耳にします。

私は、これは、ある面、その通りだと思います。

教会員が、上に立つ人の配慮のなさにつまずいて、こう言います。
上に立つ人は、他に色々なことで頭がいっぱいで時々配慮に欠けたり、こちらを犠牲にしてそちらを優先せざるを得なかったりします。
上に立つ人に堕落性がないかと言えばそう言い切ることも出来ません。
そういったことが折り重なって、愛がないという結論になってしまいます。

様々なことで頭が一杯だからといって、上に立つ人の愛のなさを正当化することは出来ません。
また、「愛がない」の愛の意味がほんとうに真の愛かどうかも問題です。

そして、これは、一番上から末端まで、統一教会全体に対して、言えることです。

ここには、色々な悲しみがつまっていることを感じます。

堕落のゆえに人間がこうなってしまったことを悲しまれる神様の悲しみ。真の愛を受けることが出来ない人間の悲しみ。そして、復帰摂理を急ぐために犠牲にせざるを得ない悲しみ。


「愛がない」原因を、人間の堕落に見出し、これを凌駕していこうとするのが統一教会です。

ですから、どんなに、愛がないように感じられる険しい道のりも乗り越えていかなければならなくなります。

そして、たどり着くのは、神様の愛から始まる本然の正常な人間社会です。

そこにたどり着くまで、道がどんなに険しくても乗り越えていかなければなりません。
一人の人の死をも越えて行かなければなりません。
その死が、自分が請け負うものであったとしても、越えて行かなければなりません。

これまでの復帰摂理歴史はそうでした。
数知れない人々が、天のみ旨を中心として、犠牲になっていきました。
400年という摂理期間は、人間の一生には長すぎます。ですから、犠牲にならざるを得ない人々は無数にいました。
私たちも同じです。

天の摂理のために犠牲の道を行かなければならないと思います。

天が摂理される時を迎えるために、絶対的信仰を貫いていかなければならないと思います。

メシヤとは、この天の主流思想の上に立った人なのだと思います。

真のご父母様が天に侍っていらっしゃるお姿は、こういうお姿であろうと思います。

その子女の位置に立つ氏族的メシヤに私たちが立とうとするならば、やはり同じく、このような姿勢でなければならないであろうと思います。

そうしてこそ初めて、天が役事することが出来るのであろうと思います。



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2014年11月17日

虎穴に入らずんば虎児を得ず。新たなる決意。

11月13日の茨城県民の日の大会が終わって、茨城においては新しい一年が始まりました。来年の県民の日に向かって出発です。

私は、430家庭祝福勝利を目指す固い決意をいたしました。

何だかんだ言っても、これから先やるべきことと言ったら、神氏族的メシヤの勝利である、この430家庭の祝福の勝利しかないなと、悟りました。

結局、これを避けては、神様の創造理想の実現をすることは出来ない、ということになると思います。

「虎穴に入らずんば、虎子を得ず。」

まず、430家庭にアプローチしなければ、いつまで経っても絵に描いたもちに過ぎないなと思いました。



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2014年11月15日

花火と案様から貴重なコメントをいただきました。私の言葉で恐縮ですが、お返事させていただきます。

花火と案様から貴重なコメントをいただきました。
http://ucpeople.seesaa.net/article/408900260.html#comment

私の言葉でのお返事はたいへん恐縮に思いますが、お返事させていただきたいと思います。

> 天一国とは、どこの国ですか? 韓国ですか?日本ですか?それともどこの国ですか?

天一国とは現存するどこの国でもありません。
神様の創造理想から出発した新しい国です。
その出発地は韓国にありますが、これは今の韓国そのものを意味しているわけではないと思います。
さらにいえば、天一国とはこの地球星全部と宇宙、霊界まで含めた天宙全体を意味しています。
真のご父母様が万王の王天地人真のご父母様として勝利してくださったので、天宙全体が天一国に含まれることになると思います。

天一国憲法にも、「神様の平和理想世界が実現された」という条件つきで、天宙が対象であることが記載されているようです。


> お父さまの話はなにもありませんが、それと韓国の統班撃破はどうなっていますか?

韓国の氏族メシヤのなさることなので、その状況がどうなっているか、私の聞く範囲ではわかりません。


> 韓国の伝道はお父さまの指示ですよね!

そうですね。
日本が韓国を伝道しなさいとも言われていると思います。


> 日本は、まず夫や妻、子供たちの復帰ですね?

そうですね。
八段階路程を考えれば、まず家庭が一つになることが氏族メシヤになるうえで、また日本を伝道するうえで、大切なことだと思います。


> 借金ゆえに、夫や家族に言えない方々はどうしたらいいか教えてください!

言えないというのは勇気を持って言わなければならないと思います。

その際、あらゆる非難を受けるかもしれません。
それでも、それを避けて通ることは出来ないと思います。

どのようにして勇気を持つのがいいかと考えますと、
なぜ借金をしたのか、その動機を考えてみたらいいと思います。

家庭や子孫の幸福のため、氏族のため、国と世界のために、借金したのではないですか?

家庭や子孫、氏族、国家、世界が神様の善なる対象となって、神様の人類救済の摂理が勝利するように、借金までして苦労したことは、賞賛されても、非難されることではありません。

では、どうして、夫や家族は非難するのでしょうか?
人類が、堕落した人間始祖の後孫になってしまったがゆえに、価値観が、自分中心、お金中心になってしまっているからです。
神様を中心とした創造本然の、真の幸福に満ちたほんとうの世界では、自分が生きるためのお金にしがみつく必要はさらさらなく、他のために生きさえすればそれですべてが満たされる世界です。
この本然の世界を知らず、堕落した世界に生きているがゆえに、夫も家族も非難するのでしょう。

でも、非難の言葉などは一時のものです。
創造主である神様が厳然として存在し、神様が万王の王として、人類を、霊界に行ってからも導いてくださっている今日において、そのような非難の言葉を恐れる必要はありません。


> 借金して、年金も貰えない人には、どんな伝道の仕方がありますか?家族から見放された方々は、韓国の方々が全力で解決してあげるのが夫の国の使命と思いますが教えてください。


まず、夫の国の使命ですが、これはむしろ、日本が夫の国を立ててあげる使命があると思います。
祝福は、メシヤから女性、女性から男性に、血統転換の聖酒が渡されるようにです。

そして、韓国の方々が全力でということですが、韓国の方々に限らず、誰かの助けを期待して待っているのではなく、神様によって生かされた真の人間になることを考えるのが肝要かと思います。

「ぼろは着てても心は錦、どんな花より綺麗だぜ。」「武士は食わねど高楊枝」の心境です。

目的は人類救済です。神様の働き得る一人になることが、何よりも重要です。

そして、伝道は。
私もまだ勝利していないので何も言う資格はありませんが、伝道は、神様の代身として人を愛することから始まると思います。神様のこと、真のご父母様のことを話してあげることは、考えてみれば、お金もかからないことです。
少なくとも神様は私たちを生かしてくださっています。
私に言えるのはこのことだけです。



今日は、土浦カレーフェスティバルを近くでやっているようです。
さきほど、家の上空地上すれすれでアクロバット飛行をやっているのを間近に見て、とても感動いたしました。

レッドブル・エアーショー at 土浦カレーフェスティバル - YouTube



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2014年11月14日

昨日の大会で総会長が語ってくださったみ言のキーワード

昨日の大会はたいへん良かったと聞きました。

宋総会長が、前々日・前日に天正宮で何か行事があったそうで、そちらに参加してすぐにこちらに直行してくださり、行事で真のお母様が語られたみ言を伝えてくださいました。

総会長が語ってくださったみ言のキーワードを列挙してみます。

「先祖はともに生きている 先祖の善なる行いを相続するように 先祖が清算するべき問題も現れて来る 功労は後孫を幸せにする

真のご父母様は我々の先祖の恨みを晴らし70億人類全体の願いを成してあげるための精誠を捧げてくださっている
天の摂理の運勢に同参 真の父母様に侍り、み言をつかんで生き、祝福を受ける
すると、国運も現れて来る

昨日のお母様のみ言 
収穫、結実、真の愛の実践、伝道、霊の子
帝王蝶 先祖の地に戻る 5000km その努力  私たちは氏族のため、国のため
神様・父母様に侍りながらともに生きていく姿とならなければならない
新しい時代 天一国の主人の位置 神氏族的メシヤになりなさい
天一国を開く鍵 氏族的メシヤ

成せば成るの精神で出発 必ず成されるのが今
後孫から賞賛、後孫が幸せになれる神氏族的メシヤ
そのために必要なのは精誠・熱い心 1000日の精誠 先祖の協助を実感しながら

ビジョンと夢

天の父母様が環境は整えてくださっている 堕落前のアダムとエバがいる 
天一国の勝利した誇るべき息子娘になるべき 永遠なる善の先祖 天のみこころを中心として家庭を中心として隣人のため国家のため
神氏族的メシヤの使命
世の中を浄化する使命
天運を相続し本流に乗って
真の家庭理想 日本を偉大な国に」



先祖の生まれた地に帰る帝王蝶(モナーク蝶)という蝶について検索してみました。
ワンネスに還る旅と、モナーク蝶の大飛行 スピリチュアル情報のトリニティ



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2014年11月10日

Joho 2013より、「愚かであわれな統一教会」その1および2、というメールをいただきました。

Joho 2013より、「愚かであわれな統一教会」その1および2、というメールをいただきました。

神山元会長の講演会のことや天一国経典天聖経のことが書かれていました。

「愚かであわれな統一教会」というタイトルからは、このメールの発信者である「祝福中心家庭有志の声」が、自分たちは統一教会の信徒ではないと言っているように感じられます。

どんな不満があるにせよ、統一信徒ならば、このタイトルはないだろうと思います。
さらに、その内容は、もっともらしく見えて、そのじつ、自分たちの人間的主観的な主張ですから、神様の核心的み旨からはちょっと外れているように思います。


私のほうは、最近、家族のことなどで悩みが多く訪れてきています。
これまで愛し足りなかった分を埋めさせていただいているように思います。
また、お母様がご子女様を心配されるご心情に通じる何かを感じさせていただいています。

このような周辺で起きる様々なことを客観的に見てみるとき、次に訪れる希望のときを迎えるために、色々なことが整理されている時なのかなあと感じる今日この頃です。


ラベル:家族 希望のとき
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2014年10月29日

今日は、6500双で最近あまり教会に来ていない兄弟のところへ、遊びがてら伝道に行って来ました。

今日は、6500双で最近あまり教会に来ていない兄弟のところへ、遊びがてら伝道に(いや、伝道がてら遊びにかな?)行って来ました。

若いころ仕事も捨てて献身してきた私たちであり、み言の正しさは誰よりもよくわかっている私たちですが、わかっているがゆえに、また、教会に限界も感じて、最近はあまり行かなくなってしまっている、と本音を吐露してくれました。

私も感じているところは同じであり、最近の教会のメンバーは今の社会を超えることはしないし、み言もあまり分からないまま歩んでいる人が多いように感じます。


彼は、勝共理論で共産主義が間違っていることはわかったけれど、その先の地上天国実現までの道筋が見えなくて、行くのをやめてしまった、と言っていました。

同じような人はたくさんいるだろうなと、私は思いました。そして、まったくもって同感だと思いました。でも、また、これを突破するのは子女である私たち自身の責任分担であるとも感じました。


そして、私は、当時はまだ時期尚早で、李相軒先生が書こうとしたときも、お父様は止められたそうだと、話しました。

しかし、ようやく天一国時代が来て、共生共栄共義主義の時代が来たので、これからは違ってくることを、話しました。

先日の連合礼拝を見ても、地上天国実現までの道筋が見えてきたことを感じます。

共産主義でもない、資本主義でもない、共生共栄共義主義によって全人類が解放される日も近いだろうと、私は彼に話をしました。



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2014年10月18日

国を生かし、世界を生かす

KMS 光言社マルチメディアサービス - U-ONE では、
真のお母様のみ言「天一国2年10月 月初め訓読会」
を拝聴することが出来ますが、

この中で、真のお母様は創造本然の経済について語っていらっしゃいます。

U-ONE TV 新着コンテンツのご案内
http://www.kogensha.jp/ps/modules/u-one_new/



ラベル:統一経済学
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2014年10月01日

肥やしの中からよい木が育つように

統一教会は、世間から悪い噂をたくさん言われています。

宗教の歴史は迫害の歴史で、新興宗教はどこも迫害を受けてきましたけれども、
統一教会の中にいる我々の中には、「どうしてこんなに悪い噂が立ったのだろうか、やり方が悪かったのではないか。」と、ぼやいている人もたくさんいます。

でも、このようになったのは、神様がそうされたのであるし、真のご父母様がそうされたのであると、私は思います。

肥やしの中からよい木が育つように、
こういう環境だからこそ、本物が育つのです。

ほんとに人類を救おうとする個人、ほんとに人類のことを自分の責任として受け止められる個人、環境がどうあっても自分の心の中に確固たる天国がある個人、
こういう個人、家庭を完成させるために、
あらゆる困難が与えられているのだと、私は思います。



ラベル:迫害
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2014年09月07日

歴史の陰で朝鮮人の方々の多くの犠牲の涙があったことを忘れてはならない

昨日は、戦前、戦中に、常磐炭鉱で過酷な労働をする中で、日本で亡くなった朝鮮人の方々を慰霊する慰霊祭に参加してまいりました。

歴史の陰で、こうした朝鮮人の方々の多くの犠牲の涙があったことを、忘れてはならない、ということを、痛切に学んでまいりました。

西欧列強が植民地と称して世界を支配しようとした時代に、日本にとってもアジア全体にとっても受難のこの時代を、日本が尋常でないことをして越えてきたのは事実であるとしても、決して、こういった朝鮮人の方々の犠牲を忘れてはならないと思いました。

日韓トンネル建設は、平和建設の道ですが、彼らの霊が朝鮮に帰る道をつくることでもある、と私は感じました。



ラベル:日韓トンネル
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